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2008-05-23

パウレタのインタビュー 3

私ちょっとここでお詫びがあります。サンテティエンヌ戦のすぐ後のエントリでパウレタが引退するような訳を載せましたが、冷静になって考えたら「パリでキャリアを終える」ではなく、「パリでのキャリアを終える」だったかと…。でもその方が嬉しい。


Q: パリのマイヨを着るのもあと3試合、キャリアのこれからのことは決めている?
「バカンスの間に決めるよ。もし明日好ましいオファーを受け取ったら…。アメリカとポルトガルのクラブとコンタクトがある。でも僕はこのシーズンの終わりのまっただ中にいるから、そのことについては一切考えたくないんだ。今はパリの残留のことで頭がいっぱいだ」

Q: 家族はあなたの決断に関与する?
「こういったことは1人では決めないものだよ。息子のアンドレはパリにいたい。長女は引退を望んでいる。妻はポルトガルを離れて暮らすことに少し飽き飽きしている。僕は家族全員に喜んでほしい。末っ子はまだ口がきけないから、違う意見を言われなくてよかったよ!(笑) キャリアを続けてみるだけの価値があるのかどうかを感じ取る必要がある。20歳のころより回復は遅くなったし、気力の減退もある。でも僕はまだ楽しみを見いだしている。急がずに、落ち着いて考えるつもりだ」

Q: あなたは去年の頃より引退を迷っているようだけれど?
「その通り。終わりが近づくほど迷いも多いものさ。1週間のうちに自分が引退するなんて考えたくはない。今はこのリーグアンの2試合の準備に専心しているのが一番いいんだよ。僕にとってはキャリアのとても重要な2試合だ」

(以上大変イイカゲンな訳で失礼しました)

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2008-05-20

おかげさまで一部残留

ソショー 1-2 PSG

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「PSG、来季はリーグドゥに殴り込み」というエントリタイトルをひそかに用意していたのはここだけの話だ。ロテンも残りそうなんだってね。

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2008-05-15

パウレタのインタビュー 2

Q: あなたが一番理解し合っていた会長は?
「これまで3人の会長と知り合った(グライユ、ブラヨ、カイザック)。任命されたばかりのSimon Taharを入れれば4人。僕は一度も彼らとの関係に問題を抱えたことはない。もちろん、いつも意見が一致していたわけではないけれど。僕をここに連れてきたグライユとはいい関係だった。彼とは今でも付き合いがある。
監督達(ハリロジッチ、フルニエ、ラコンブ、ルグエン)とはむしろうまくいっていた。ルグエンが僕をベンチに置いたことで、みんなが僕と彼との問題に言及したりしたけれど、いつでも敬意があった。たとえハリロジッチやラコンブの方がもっと親しかったとしてもね」

Q: あなたの親友は?
「マリオ(ジェペス)。クレマンとも仲がいい。時々ソリンやエインセ、フィオレズとも話すよ。でも正直なところ、フットの世界では、クラブが変わるとしばらくの間しか付き合いは続かないものなんだ」

Q: 会長を辞める前、アラン・カイザックはクラブを救うためにあなたをプレイング・マネージャーとして考えているとほのめかした。承諾した?
「いや、仲間達との関係がそれを許さない。それにカイザックは一度も僕にそんな話はしてないよ!今のところ監督になることは考えていない」

Q: もしPSGでのあなたの道のりで、何かを変えるべきだったとしたら?
「個人的な面では大したことはない。僕はいつでも僕自身でありプロフェッショナルだった。ただ、時に幹部にはもっと僕の意見に耳を傾けてもらいたかった。僕には僕なりの経験があって、いくつかの決断にはもっと関与する資格があった。キャプテンを選んだら、選手とクラブをつなぐために彼を信頼すべきものなんだ」

Q: あなたはタイトルを重視しているけれど、今、あなたにとっての名誉はPSGを降格させないことなんですね。
「僕達がリーグアンに残留すれば、それはタイトル以上のものだ。シーズンの最も素晴らしいことでさえある。これが僕が他の選手達に伝えたメッセージだ。パリは降格してはいけない」

Q: 時々、パリと契約したことを後悔したりする?
「けっして」

(続く)

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2008-05-13

パウレタのインタビュー 1

日記ブログの方も含め、前回のエントリがやや感情的なのは、恥ずかしながら半泣きで更新していたからです。今日から何回かに分けて、サンテティエンヌ戦の前のパウレタさんのインタビュー(パリジャン紙)をできるところまで載せていこうと思います。


Q: パルク・デ・プランスでの最後の試合を前にして、どのようなお気持ちですか?
「難しい時だ。できることならもっと違う状況でこの試合を戦いたかった。一番重要なのは勝ち点3を取ること。僕は勝つことしか考えていない」

Q: お別れの時のことを考えてみましたか?
「気持ちが高ぶりやすい方なんだ。きっと泣いてしまうよ。僕はみんなにお礼を言いたい。つらい瞬間になるだろう。僕はサポーターととても強い関係を築いているから」

Q: あなたはどうしてこんなに人気があるんだろう?
「僕はいつでも全身全霊を捧げて、ゴールを挙げてきた。サポーターは僕のそういうところを愛してくれているんだね」

Q: 03年にパリに来た時のことを覚えている?
「あの時はリヨンとポルトガルの2つのクラブから誘いがあった。フット・オスカーの授賞式の日、そこで僕はシーズンの最優秀選手のタイトルを受け取ったんだけれど、フランシス・グライユが僕に会いに来た時、僕はエレベーターに乗るところだった。彼は自分が新しい会長であり、僕にPSGと契約してほしいと言ったんだ」

Q: 最高の思い出は何ですか?
「最初のシーズンは特別だった。僕達は首位リヨンと3ポイント差の2位でシーズンを終え、チャンピオンズリーグの出場権を獲得し、フランスカップを勝ち取ったんだ。何より記憶に残るのは3つのカップ。でも、06年にフランスカップの決勝でマルセイユに勝った(2-1)のは本当にスペシャルだった。僕ら全員にとって」

Q: 最悪の思い出は?
「(長い沈黙)それが起こらないことを願うよ…」

(続く)

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2008-05-12

鷲は飛び立つ

07-08シーズンのリーグアン第37節、サンテティエンヌ戦が終わった時、パウレタはパルク・デ・プランスのピッチにうずくまって泣きむせんでいた。1-1のドローながら、PSGはこの結果で16位。あと1節を残してひとまず降格圏を脱しています。

これがパルクでの最後の試合となるであろうパウレタ。今後PSGのアンバサダーになるのではと見られていますが、パウレタ自身は「今はクラブがリーグアンに残留することが一番重要で、24日まで集中を保たなければならない。あとのことはその後だ」と言っています。
以下は試合後の記者会見から。時に涙をこらえながら、パウレタは彼を支えたサポーターへ何度も感謝の言葉を捧げ、記者達の拍手に送られて会見席を後にしたそうです。


─この偉大なクラブで過ごして5年になる。僕はいつでもここの全員ととても強い関係で結ばれていた。特に、サポーターと。今はとても悲しい。これがパルクという素晴らしいスタジアムでの、自分の最後の試合だった。でもそれが人生、それがフットボールだ。僕にとってはそれはもう終わったと思っている。選手として、僕はパリ・サンジェルマンでのキャリアを終える。

今後大勢の素晴らしい選手がパリに来て、PSGが順位表の上位でプレーしてくれればと思う。それが一番重要だし、このサポーター達はそれに値する。僕は全サポーターにお礼を言いたい。彼らはいつも僕の後ろにいてくれた。僕が挙げたゴールのすべてを彼らに捧げる。僕はフランスにも感謝している。フランスの偉大な2クラブでプレーするチャンスをくれたのだから。いつかまた戻ってこられたらいいね。少なくとも旅行でね…(笑顔)─

Aurevoirpauleta

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