ダービーはまだ全部観れていないので詳しいことは分からないんですけど、こと結果に関してはそんなに驚きはないです。最近のパリには勝者のメンタリティが足りなかったから。点が取れないPSGが、カップ戦でのジャイアントキリングは当たり前のフランスで、半端な姿勢で臨めば必ず足をすくわれます。このチームにはエインセがいない…
確かにPSGは恥ずべき試合をした、でもいずれにせよ、いかなる事情があるにせよ、二度とフランスダービーの場でこのような茶番が起こらないように。頑張ったユースというイメージは、たくさんの問題を隠蔽してしまうんじゃないかと思います。
前エントリの事件について付け加えておきたいのは、少なくともパリファンである私には「何が起きてもおかしくない」と思えるような、不信に満ちた事実の積み重ねというものが存在するということです。私が見ていた限り、アラン・ペランがOMの監督を務めていた当時、両クラブには雪解けムードが流れたこともあるし、ブシェ前OM会長はグライユ前会長の友人だったりもしました。両クラブの関係が著しく悪化したのは、OMの連敗が進んだ、特にジョゼ・アニゴの監督就任以降だったんじゃないかと思います。
04年夏の「フィオレズ事件」は象徴的でした。当時のPSGの副主将で右サイドの不動のレギュラーだったファブリス・フィオレズが、8月24日に突然、当時の監督ハリロジッチを面と向かって批判して衝突。移籍の意志を口にして周囲を驚かせました。当初はプレスも、彼は単にプライベートな問題でマイっているのだと思っていた。
5日間の停職処分の後、フィオレズは30日に会長と会談して停職を解かれ、スポンサー車の授与式に出席して支給車を見に行き、チームメイトに「何のオファーもない、自分は100%パリジャンだ」と言って安心させた。しかし停職の間に、OMがフィオレズを獲得したがっているという噂が膨れ上がっていました。
そしてその夜、初めてOMからフィオレズ獲得の打診が届きます。驚いたパリの幹部がフィオレズのカウンセラーに連絡を取ろうとしたが無駄。正式なオファーが届いたのは翌日の31日、移籍市場の最終日。既に事態は収拾しようもなく、クラブはフィオレズの移籍を認めざるを得ず、満足な代わりの補強もできなかった。「この事件は傷跡を残した。我々はこの2日間ずっと、そのことを口にしていない」。幹部の1人は当時こう語りました。
フィオレズは、アニゴと初めてコンタクトしたのは移籍市場が閉まる前日の21時30分のことだったと、テレフットのインタビューでおどけながら弁明したわけなんですが、実際のOMとの交渉はもっと前にさかのぼることを、OMと定期的に仕事をしている代理人が証言しているそうです。彼の友人であるデウーが間を取り持っていたのだと。ここ一番の取材力はまったく馬鹿にできない(ということを自分は痛いほどよく知っている)パリジャン紙は、ハリロジッチと衝突した時点でOM行きの腹は決まっていたと、かなり断定的な書き方をしていました。
移籍の1週間後、ジョゼ・アニゴは定例の記者会見で、フィオレズの移籍に裏工作があったのか聞かれて逆ギレし、「騒ぎを大きくしたPSGの幹部は頭が悪い」、「ダービーで何が起きてもPSGの責任」、「フィオレズは‘独裁’のないOMで幸せだ」等々PSGとハリロジッチを罵って、プレスホールの記者一同をドン引きさせたほどの過剰な反応をした。記事を読む限りでは、肝心の裏工作については触れなかった。それからもうずっと、こんな調子だ。侮辱と、脅しと、移籍のトラブル。いつまでこんなことが続くのか分からない。私ももう疲れてしまった。
フィオレズはOMでのシーズンが終わった後で、「僕の考えが足りなかった。パリは僕のクラブだ」というようなことを口にしたと聞いてます。それが君の懺悔なのか。私は君の献身が好きだったんだよ。