移籍のこと
この夏のレアル・マドリー、バルセロナへの移籍の噂の後で、エインセは改めて現在ユナイテッドを出るつもりはないことをMUTVで伝えました。
「僕はマンチェスター・ユナイテッドで幸せ。僕がプレーしたいのはここなんだ。監督は僕がスペインで膝を手術してリハビリするのを許してくれて、そうしてどんなに支えてくれたかを僕はいつまでも忘れないだろう。ファーガソン監督の存在は、僕がここにいたいと思う主な理由の1つだよ」
バルセロナとレアル・マドリーは、エインセがPSGにいた頃からたびたびオファーを出していたクラブです。03年の夏には、まずユベントスとマドリーからオファーが来た。ユベントスの件はマルセロ・サラスとの交換トレードという話をPSG側が断り、マドリーのオファーは、当時のハリロジッチ監督によれば「まったくもって馬鹿げたもの」だったそうですが、バルセロナからオファーが来た時には、彼は本当にバルサに行きたがった。
その頃PSGは、恩師ルイス・フェルナンデスが成績不振でクラブを去り、会長も代わって、クラブの体制は彼が来た頃とはずいぶん変わっていました。ハリロジッチは「エインセはアンタッチャブルである」として断固移籍を認めず、結局エインセは「あと1シーズンPSGに残り、その後は移籍を認める」という内々の約束をして、新しいシーズンが始まる前に残留の意志を決めたのです。
その冬の移籍市場ではチェルシーからかなりの額のオファーがあり、またバルサのラポルタ会長も依然として獲得を諦めてはいませんでしたが、彼は最終的に「今季はここでプレーするという約束を守る。二言はない。PSGのためにベストを尽くす」と言って残り、変わらぬアツいプレーで、PSGがリーグを2位で終えフランスカップを獲得するのに貢献しました。
エインセは04年の6月、バレンシアやレアル・マドリーなどからのオファーもあったようですがマンチェスター・ユナイテッドへの移籍を決意しました。彼はその何ヶ月か前から、移籍の可能性を否定はしませんでした。「ここに来てからすごく進歩して、PSGにはいつだって感謝してる。でも自分には激しい願望があって、それが自分に選択を強いるんだ」、そんなことを言っていた。
ハリロジッチとの関係がよくなかったこともありますが、彼の最優先であるアルゼンチン代表にアピールするには、そりゃあフランスじゃダメだよなってことは我々にも分かるし、こういうお別れはまあ、フランスのクラブのファンの宿命みたいなものです。
サポーターも、彼の移籍には理解を示していたようでした。ユナイテッド移籍から1年たった昨年の8月、PSGがオフィシャルサイトで行ったクラブ創設35周年ベストイレブンのファン投票で、エインセがベストディフェンダーに選ばれたことは、サポーターの変わらぬ愛情を示していました。黄金時代のDFであるアラン・ロシュやルグエンらを大きく上回る、全投票の46%の得票です。全体でも、GKのラマに次いで2番目。ラマは今でもサポーターとしてパルク・デ・プランスに観戦に来るOBです。
エインセ自身も、最後までサポーターに感謝の意を示してパリを去りました。選手にとっての幸せは何かと考える時、私はいつも彼とサポーターのことを思い出します。
少し前にはアルゼンチンと戦争をしていたイングランドの名門クラブのホームスタジアムで、無名に近かったDFに対してアルヘンティーナコールが沸き起こるなんて光景を予想しえた人は、そう多くないのではないでしょうか。選手個人の幸福の他に、フットボーラーはもっと大きなものを背負うこともできるし、時に親善大使にもなれる。
彼は華やかなプレーで人を魅了するような選手ではもちろんないけど、何かスペシャルなものを持ってると思う。そしてそれは、モダンサッカーでとかく忘れられてしまいがちなものなのではないかという気がします。
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