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2005.12.31

 良いお年を

わたくし今夜はちょっと酔っ払っちゃってるのでアレなんですけど、帰国中のエインセがアルゼンチンメディアの取材に答えていたので、貼らせていただきます。

http://www.ole.clarin.com/jsp/v4/pagina.jsp?pagId=1116366
画像アリです。いい男じゃないですか。それと、
http://www.lanacion.com.ar/deportiva/Nota.asp?nota_id=768672

チョロっと読んでみたところ、ニューウェルス時代にお世話になった育成コーチのグリファが先頃開校したサッカースクールのプロモーションのため、エインセがロサリオを訪れた、というような記事でしょうか。ほとんど不自由なく普通に歩いていたみたいで、集まった人々のサイン攻め(主に女の子の。よいことだ)にあったり、写真を撮ったり。「とてもいい調子だよ」とのこと。
昨年の短いクリスマス休暇の時も、子供達が「サインちょうだい、写真撮って、抱っこして」でひっきりなしに実家のベルを鳴らしてたとか、クレスポの大使に任命されたりとか、なかなか多忙だったようですが、今年はのんびりできているかな。

プレスは当然先日のファーガソン監督の発言について(しつこく)聞いた模様で、「もういっぺん言うけど人にはそれぞれの考え方ってものがあるんだよ。言えるのはそれだけ。僕は自分の怪我のことだけでいっぱいいっぱいなんだ(意訳)」と、穏やかだったエインセもその時だけはちょっぴりムっとしていたようで。
また後で、ちゃんと読んでからアップし直すつもりです…


これが今年最後の更新になるかもしれませんが、このような、どこまで訳が合ってるかも定かでないヘタレサイトをご覧いただき、ありがとうございました。暖かいコメントをいただいた皆様に心から感謝します。これまで、どなたかから反応がいただけるなんて思ってもみませんでした。
それでは、良いお年を!エインセと皆様にいいことがたくさんありますように。

gabifamily1

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2005.12.29

 プレイバック番外・女性限定エントリ

前のエントリの直後にこのようなゆるい話で申し訳ありません。ついでにレンヌ戦の名(…?)場面をもう1つどうぞ。

日頃あまりチームメイトのゴールを祝福に行かないエインセですが、いったんセレブレイションの輪に加わるとなったら、それは往々にしていつもより余分に暑苦しいものになりがちです。スキンシップに関しては見境のないところのある彼、このレンヌ戦でセットプレーから決勝ゴールを決めたデウーに対して、なぜそんなに熱烈になついているのかというと、試合前にコッソリ2人で打ち合わせた通りにうまくゴールが決まったかららしいです。
動画はコチラ http://www.psg.fr/fr/matches/video/new/video.dml?id_match=1088

何あんた達

grennes

さりげなく拭かれる

gd4

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2005.12.27

 祈りのイマージュ

私がパリのクラブを好きになったのにはひとつ、映画の影響というのもあるかもしれませんが、フランスリーグの中継は、他のリーグと比べてやはり少々趣が違うところがある気がします。なんとなく、心理面というか、ドラマ性がより強調されているような。
例えば、02-03シーズンのル・アーブル対PSG(02年8月24日、後半ロスタイムにアロイジオのゴールで1-0の勝利)ですが、0-0のまま迎えた終盤、消耗し焦燥する選手達の表情を1人ずつ抜くスロー映像などは、その典型的なシーンではないかと。

lehavre

そんなカメラが好んでとらえていたのが、エインセが十字を切る姿です。エインセはキックオフの前にはいつも天を仰いで祈りを捧げ、身をかがめてピッチの芝に触れるのですが、03-04シーズンのパルクでのレンヌ戦(04年5月8日、1-0で勝利)の時の、空を見上げて笑顔で何か語りかけながら十字を切るスローモーションの映像は、とりわけ印象的なシーンの1つではないかと思います。
シーズンの終盤、チームはこの頃優勝争いを繰り広げており、レンヌ戦は彼のお父さんが亡くなって間もない試合でした。

ペルジーノみたいな。

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 雑な読みですみません

あまりにも自信がないので、元記事を貼らせていただきます…
http://www.lanacion.com.ar/deportiva/Nota.asp?nota_id=767635

エインセは24日にアルゼンチンに着いてすぐ、ビラーニ医師の再検査を受けたが、膝がその部分のfibrosis(線維化…?)のために動きにくくなっていて、これが原因でリハビリが遅れていることが確かめられた…というような内容でしょうか。でも、克服できる状態であると。
エインセはペケルマン監督とも会い、それから家族の待つクレスポに発ったとのこと。元気そうだった、と書いてあるのかな。

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2005.12.25

 追加

24日付のOleの記事を追記します。
ファーガソン監督の会見の一方で、エインセ本人がOleに語っているようで、すべて順調にいっていると請合った模様。
今までのところリハビリテーションは期待通りに来ている。クリスマス休暇の後でイングランドに戻ったら、trotar…ええと軽いランニングのことでしょうか、を始めるつもりだ、というようなことを話したようです。3月までには復帰したいらしい。あせってはいけないよ。

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 いいや、まだまだ

ファーガソン監督がどういう意図でそういう話をしたのかは分かりませんが、先日の会見で、エインセが来年のワールドカップに出るのはかなり厳しいだろうとコメントしたことが、あちこちで大きく取り上げられていました。
監督は、ガビーがワールドカップでプレーしたがっているのは分かっているし、選手なら誰でもそう望むものだろう、しかし私自身はそう思えない。彼が今季中にプレーできるかは非常に疑わしいと思った。私のスタンスは、彼は来季までプレーできそうもないというものだ…というようなことを話したとのこと。

とにかく予定ではエインセは昨日アルゼンチンに帰国して、その足で代表チームのドクター、ビラーニ医師の検査を受けて、回復の具合を確認したはず。エインセはコンディションさえ良くなれば、ペケルマンのワールドカップのリストに確実な位置を占めている1人。復帰は原則、4月末から5月初めくらいだろうと見られていますが…

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2005.12.20

 TE NECESITAMOS Y TE QUEREMOS MUCHO.

先週はPSGがまたややこしいことになっていて、なかなかこちらに手がつけられなかったのですが、その間にペケルマン監督が代表チームに関していくつか発言していました。Oleの記事によるとペケルマン監督は、4バックでプレーするつもりである、そして現在負傷中のマスチェラーノ、エインセはワールドカップに行く、と繰り返し語ったとのことです。
システムは4-3-1-2、しかし全員がフレキシブルでなければならない。エインセやコロッチーニのようなCBはラテラルとしてもプレーできる。試合はシステムで勝つわけではない、選手達が勝ち取るのだ、とのこと。ただ、ユナイテッドのメディカルは原則的に、エインセの復帰はぎりぎりの来年5月頃だろうと言っています。

画像 http://www.lanacion.com.ar/anexos/imagen/05/471058.JPG


エインセが初めてヨーロッパに渡った頃には出場機会に恵まれないこともありましたが、以降クラブチームや代表チームで監督達が信頼して使ってくれ、怪我をおしてプレーしたこともたびたびありました。正直、ペケルマン監督が彼をコンフェデに呼ばなければ、あの怪我はなかったかもしれないという思いはありますが、それでも彼は出たがったんじゃないかと思います。

夏のコパ・アメリカ、アテネ五輪から休みなく働き続けた後、足首の怪我から復帰したばかりで、コンフェデでのエインセのコンディションは私の目にもコンペティションを戦い抜くのは到底無理に思えましたが、ただ気持ちが体を引っ張るかのように全試合フル出場し、メキシコ戦ではLa nacionのマン・オブ・ザ・マッチにも選ばれた気迫のプレーを見せていました。決勝でブラジルに敗れた後も、La nacionは彼を「代表の最高のエレメントだった」と評したものです。
彼はそのくらい勝ちたかったんだろうし、選手はみんなそうだったろうと思います。だからこそ個人的には、ペケルマン監督には決勝で「実験」はしてほしくなかったな…

彼の復帰を待っているのはクラブや代表の監督だけではないはずで、minacoさんもサイトに描かれていた、エヴァートン戦のスタンドの「エインセ隊」を私は惜しくも見逃してしまったのですが、「いかにも」な熱く男くさい連帯のあり様だ…。また、以前コメント欄で教えていただいた(本当にありがとうございます)、南米予選ペルー戦での横断幕のお話には胸が熱くなる思いでした。

PSGの03-04シーズンのフランスカップ決勝の時、エインセとソリンは南米予選で既に本国に去り、スタッド・ドゥ・フランスのピッチに立つことはありませんでした。しかし、パリサポーターはユナイテッド移籍がほとんど決まっていたエインセのために、「ガビーに捧げるカップ」という横断幕をスタンドに掲げました。
彼はフランスカップのトロフィーを両手に掲げることはできなかったけれど、来年のドイツ・ワールドカップには、私は心から彼にそこにいてほしいと思う。

psg040531

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2005.12.14

 似てる?

PSGのサポーターグループ、ブローニュ・ボーイズが結成20周年を巨大なティーフォでお祝い。アートの街パリのクラブだけあって、パルクのティーフォは毎回なかなか見ごたえがあります。

tifo

これエインセ?
tifos

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2005.12.10

 あるいはグループ死

FIFAワールドカップ2006グループリーグ組み合わせ グループC:
 アルゼンチン、コートジボアール、セルビアモンテネグロ、オランダ

AFAの絶叫が聞こえるようです。やりづらそうなとこばかり。
なんとなくそんな気がしたんですけど、やっぱりルートのとことガチ勝負でした。ギャンガンOMチェルシーと、渡り合ってきたドログバも同組。出たいだろうなあ…間に合ってほしい。

リュボヤ(セルビアモンテネグロ)と。

gl

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2005.12.06

 メルシー・パリ 2

(前エントリの続き)

「父さんとは(亡くなる)前日に食事をしていたんだ…。とてつもなくつらい試練だった。でもその時また、PSGのみんな…幹部、チームメイト、そしてとりわけサポーターのみんなが僕に限りない心遣いを示してくれた。彼らには本当に励まされたよ。黙祷と、メッセージが書かれたTシャツ。いつまでもいきいきと胸によみがえる瞬間だろう」

「PSGでの僕のラストゲームになった、04年5月23日のバスティア戦のつらい思い出を忘れてはいないよ。僕達はリーグの2位でシーズンを終わって、それは素晴らしかった。でも僕は、監督が出て行かないならパリには残らないと言ったんだ。だから、僕はマンチェスターとの5年契約にサインして、別のクラブに行った。もちろん違う成り行きの方がよかったとしてもね。でも、PSGはそれでもなお、僕のキャリアの中で特別なクラブのままであり続けるだろう。PSGは僕が最も恩のあるクラブ、真のエインセを示したクラブなんだ。もう一度言うよ。メルシー、パリ!」


コメントの中の「監督」というのは当時のPSGの監督だったヴァヒド・ハリロジッチのことです。エインセはその前の監督ルイス・フェルナンデスとは今でも定期的に電話しあってるよ、と言ってますが、ヴァヒドとはバルサ移籍を阻まれて以来ずっと険悪な仲でした。彼らの間であったことはいろいろ読んで知ってるけど、過ぎたことだし、彼らお互いのためにももうあまり触れない方がいいんじゃないかなという気がします(結構引くので)。
仮にヴァヒドがいたからエインセがパリを出たというのが本当だとしても、私個人はヴァヒドを恨んでないし、エインセが円満にクラブを離れる理由になってくれたのならそれはそれでいいと思う。エインセはもうPSGが引き止めておけるスケールの選手じゃなかったから。
選手の利害とクラブの利害は時に一致しないことがある。それが組織の論理の厳しさなのだろうと思います。


パリに来た頃の懐かしい画像。当時23歳。サイン直後のルイスとの握手と、プレシーズンの様子。真夏はよくああやってパンツをまくりあげてトレーニングしてて、そこそこみっともないのですが、マンチェスターでは代表のお勤めのせいで、まだあの勇ましいカッコは披露してないんじゃないのかな。2枚目の画像の後ろの方に映ってるのはロベールです。

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