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2015.09.04

海外厨が恥ずかしながら(円球日本代表戦のお話)

そうはいってもワールドカップの準備のプロセスで、概して、この時期に各種テストと内容ある結果を両立させるのって難しかろうと海外厨は思う。選手はそれぞれのセクターで出された課題に懸命に応えようとしているように見えたし、オートマティスムと組織の熟成はまた次の段階かと。
現日本代表監督は、前任のゴタゴタで多くの時間が浪費された後を急遽引き継いだ経緯がある分なおさら。フランス楕円好きは、W杯直前のシックスネイションズまでかろうじて忍耐する寛容さがないとやっていけないのだった。
(ちなみに近年の仏楕円代表は、1年目のシックスネイションズでフレアーを試み、秋のテストマッチあたりで南半球相手に痛い目を見てガチのリアリズムに転じる、というのがありがちな経過。テストは本戦のプールまで続くこともある)

ましてカンボジアの選手はほぼ全員が引いて、日本に先制されても攻めに転じる気配がないという、W杯本戦ではそれほどなさそうなケース(プールの最後の試合にあるかどうかくらい?)。正直、アジアでの戦い方にフィットしすぎても仕方がないような。
予選は結果だから、この種の展開が予想される試合には、電柱を1本と、(わざわざ海外組を招集するより)国内ベテランを呼んで効率的に放り込んでは?いうリアリズムもアリかもしれない、けれど、それはそれで継続性と先の展望というものがなさすぎる。


たとえば代表監督が、チーム強化の一環としてリーグに若手の起用を要望したとして。それは育成からリーグの機構に至る長大な議論のきっかけでしかなかろうわけで、重要なのは問題が提起され、多くの意見が交わされることだと思う。うまく話し合われればもっと長いタームでの強化につながる可能性があり、実際どこの国でも常に議論にのぼるような案件だったりする。
「若手起用で結果が出なかったらどうするのか」というのはリーグとクラブ側が言うべきことで、仮にジャーナリストがこの段階で思考停止的言説で一蹴するなら、その使命をいろいろと放棄している気がする。
監督の発言が言い訳であるか、潔いかなんてことはどうでもいい。監督が指摘したことに理があるかどうかのみが重要なはず。

日本サッカー界とジャーナリズムが、現在ほどほどの競技規模で円滑に動いていて、変化の必要がないと考えているならそれはそれで問題ないと思う。それぞれの国にそれぞれの文化があるのだし、何かを変えようという時に問題になるのは、しがらみはもちろん、大抵お金の必要だったりするし。
ただ、昨今アジアのレベルも必然的に向上しつつあるようで、世界的な変化のペースに合わせるつもりがないのなら、外国人監督(もしもの時には全責任を負わせて切りやすそうな)を雇って、国際大会で小手先の結果を望むべきではないんじゃないか、とは思う。


関係ないけれど、試合後に香川君がトレーニングシャツ?を着てインタビューを受けているのを見て、カンボジアの選手は替えが足りなくて自分達のジャージを渡せなかったのかな?と思った。将来彼らが日本代表とジャージを交換するようになった時に、この国のサッカーはどうなっているんだろうね。

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