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2013.01.24

【ラグビー】 Tous en blanc

いわゆる「精神論」を行使する者が愚かだったからといって、精神的価値そのものを軽んじることもまた愚かしいことだと私は思います。
多くの一流スポーツ選手達が、最後の最後に勝負を分けるのはメンタルだと語るのを聞いてきたし、そんな試合をどれだけ目にしてきたことだろう。

ハイネケンカップのモンペリエ×トゥーロンもまたそういう試合だったと思います。
この試合はまさに、その週に亡くなったエリック・ベシュ元FWコーチに捧げたモンペリエランの最も美しいオマージュであり、またモンペリエがハイネケンカップ参戦2年目にして決勝フェイズ進出を決めた、クラブ史に刻まれる一戦でもありました。

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モンペリエの2トライ目を挙げたパイヨーグが指し示していたのは、腕に巻かれた白い喪章。クラブは試合の前、スタジアムに来るサポーターに白を身につけるよう協力を求めていました。ベシュへのオマージュのために。Tシャツでも帽子でもマフラーでも喪章でもいいから。
クラブはベシュを失った悲しみよりもむしろ、彼と出会えた喜びを分かち合おうと呼びかけました。

キックオフを待つロッカールームで、ベシュとは長きにわたる友人でもあったガルティエもまた、悲しい出来事をことさらに強調しようとはしなかった。ガルティエは選手達にただ、「幸せそうな君達、誇らしく胸を張った君達が見たい。私が求めるのはそれだけだ」、と伝えたといいます。
何人かの選手は涙をこらえることができなかった。

「時には話すことがないこともあるし、あえて言葉を探さなくていい時もある。というのは、その必要がないから」、とガルティエ。「木曜、我々はサン=ジロンに行って、彼にお別れを言った。今日はまた試合に戻らなければならない。そんなものだ。ラグビーは人生であり、人生はラグビーの一部だ。しかしすべてを一緒くたにしてはいけない」

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感情に流されるな、戦いに行け。それが生前のベシュの哲学。
彼はガルティエのかたわらで、若いチームの父親のような役割をも果たしていたといいます。トラン=デュックによれば、ベシュには教育者としての一面があり、選手達の話を一番よく聞いてくれる存在だった。

2011年の年末にベシュが手術を受けることになった時、メディアは(私が見た限り)重病というだけで正確な病名を伝えなかったし、その必要もありませんでした。むしろ伝えられないことで、彼が闘っている病気がどういうものかは想像できたから。
ベシュはそれでも手術の4ヶ月後、別人のように肉のそげた顔でいったんは現場に復帰し、タッチラインの脇から、シーズンの終盤を戦う選手達に指示を与え励ましていたものでした。

「エリックは僕達に勇気、人生、闘いのレッスンをしてくれた。彼に素晴らしいシーズンの終わりをプレゼントしたいよ」
SHのトマは当時そう話していました。

今季が開幕した時、モンペリエのベンチにベシュの姿はなく、レデスマがFWコーチのポストを引き継いだ。誰もが悲しい知らせを聞く覚悟はしていた…
1月15日、ベシュは膵臓がんの長い闘病の後53歳でこの世を去りました。

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モンペリエ×トゥーロン、23ー3。悲しみの果ての歓喜、まさに人生の比喩のような試合でした。内容については、Jスポーツの中継があったからここには特に書かなくていいかな。
相手がスター軍団のトゥーロンだからの放送カードなのだろうけど、この試合を選んでくれて感謝したいし、藤島さんの解説にもお礼を言いたい。戦術分析より大事なものもある…

「僕達の16人目は観客。そして17人目はエリックだった。彼はそこにいて、僕達を励ましてくれた。アクションのたび、タックルのたび」、と1トライ目を挙げたコンブズは話した。
そしてトラン=デュック。「僕達は思うところをほとんど口にしなかったけれど、グラウンドでそれを示したと思う。連帯と友情で」

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