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2011.08.10

【フランス闘牛】 ベジエの孤独な子供の話

6月のニームのフェリアでセバスティアンがグランド・ポルトし、肩車でコンスルの門を出たところで、彼が振り返って群衆の中の誰かに手をさしのべるのが見えた。一瞬だったけれど帽子を目深にかぶった黒髪の女性に見え、ああ妹さんかな、と思った。

セバスティアンには7つ年下のケリーさんという妹がいる。
先日のバイヨンヌのフェリアの前、スュッド・ウエスト紙が珍しく彼についての記事を載せていて、内容は彼を子供の頃からよく知る外科医(さぞお世話になったんだろう…)に取材した話を中心にしたものだったのだけれど、そこでは彼の妹のことにも触れられていた。

「トレロとして生きることは孤独を意味する」、と08年にセバスティアンは言った。
両親からかえりみられず不幸な子供時代を送り、いつでもそこから抜け出すこと、そして妹を救い出すことを考えていた。セバスティアンはある日、その外科医グフラン氏にこう言ったそうだ。「妹は僕と同じくらい不幸だった。彼女の学費を出すのに十分な金を稼ぎたい」

今、彼の妹さんは乗馬ツアーの会社を経営しているという。そしてセバスティアン自身は最近一児の父親になった。
「彼は自分が一度も受けることのなかったものを与えることができる。それは大事なことだと思う」、とグフラン氏は話している。


↓は、以前読んだきり訳してなかったインタビュー。セバスティアンがまだ23歳の頃、ABCの取材らしいけれど、インタビュアーはビルジニア・ドラケとなっている。
以下は彼が子供時代のことを主に話している部分。

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Q: あなたはフランスのベジエの生まれなのね。23歳、でもお父さんはスペイン系で、お母さんはポーランド系…

「僕が知っているのはそれだけ。僕の家では祖父母の話をしたことがないから…。家族のオリジンにはまったく興味がなかったです」

Q: では何に興味があったの?

「あの家を出ること…」

Q: ご両親は別れたそうだけれど、うまくいっていなかった?

「両親は別れたりよりを戻したりの繰り返しだった…。家では本当に複雑でした」

Q: 妹さんがいるのね…

「ええ、でもずっと年下。家を出た時僕は14歳で、彼女は7歳だった」

Q: お母さんとの関係は?

「母とは事実上関係がありませんでした。いずれにしても母はいつも冷たくて、よそよそしかった」

Q: あなたの周囲では何があった?

「父はアルコール依存で、酒を飲むとひどく攻撃的になりました。本当に困った人で、誰に対してもすごく乱暴だった。他の場所に出て暮らして、成長すれば、ものごとはもっとよく理解できるし、責める相手を探す代わりに親を許す方がいい、と思うようになるものです」

Q: 理解し、許さなければならなかったことって?

「家を出た時にはもう二度と戻らないつもりだったし、もう会うこともないだろうと思っていました。ずいぶん長いこと何の音沙汰もないままだった。でも僕も大人になって、妹のために、何度か電話するようになりました。彼らとの関係も少し修復しました」

Q: 子供の頃はどんな子だった?

「僕は変わった子、とても孤独な子供だった。学校に友達はいなかったし、女の子達との方が仲が良かった。彼女達はもっと大人だったから。僕はいつでも女性との方が気が合った。僕はすごく内気で人と話すのが好きじゃないし、思ったことをうまく伝えられない。女性とはもっと楽かな。僕の親は人とコミュニケイトすることを教えなかったから、僕は人間関係を築くのがうまくない」

Q: お父さんは何をしていたの?

「父はカマルグで馬を飼育していました。時々、冬が長い時には、問題が生じた。いつでもお金の問題を抱えていた。今は、少し援助できる時にはそうしています。何より妹のために」

Q: 妹さんとはどんな関係?

「彼女は僕のとても大切な存在。世界で一番愛してる。でも彼女とはなかなかコミュニケイトできない。彼女も僕に似ているから…」

Q: 子供の頃は1人で遊んでいたの?

「カマルグの馬や牛とカンポにいました。12歳の頃まで。その頃トレロになろうと決めました」

Q: 学校ではうまくいかなかった?

「まあまあ…。肺の病気にかかって1年留年しましたし。うまく呼吸できなくて」

Q: 家族の中に、他にトレロはいましたか?

「父はトレロになりたかったようだけれど、すぐにやめてしまった。まだノビジャーダ・シン・ピカドールの段階だったのに。父が闘牛を止めた時、僕はまだ生まれてなかった。でも父は僕にその話をしたことがなかった。父が僕に何らかの影響を与えたとは言えない」

Q: ではどうしてあなたはトレロになりたかったの?

「分からない。ある日そう思った。家から逃れるためかもしれない。その時僕は本当に不幸だった…」

Q: あなたが家を出ると言った時、ご両親の反応は?

「無反応でした。残れとも出て行けとも言わなかった…。そう、僕はすごくツイてた。というのは学業を終えろとか、一緒に行こうと言うような親も時にはいるから。僕はトレロになりたいと言って、親は僕を1人にした。僕は朝の8時に1人で家を出て、夜まで帰らなかった」

Q: いつも年上の人に囲まれていた?

「ええ、他の見習い闘牛士達は僕と同じくらいの歳だったけれど、彼らとは話さなかった。年上の人とばかりあちこち歩いていました。トレロは他の人たちより早く成熟しなければならない。それが牛の求めることだから」

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