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2009.09.18

【フランス闘牛】 Castella, virtuose français de la muleta

(07年10月15日付 フィガロ)

彼の情熱の炎は決して消えることがない。夜の最も深い時間でさえ、Sébastien Castellaはなお身も心も100%闘牛士だ。

「最高のレベルに達する道は一本しかない。そこにたどりつくチャンスをつかむためには、毎日毎日、たえず情熱を持ち続けなければいけない。確信してしまっては駄目だ。100人がチャンスに挑もうとしても、成功するのは2人かもしれないし、たった1人かもしれない」

Castellaはそう説明する。そして彼の考えでは、最高のポジションに達するべきただ1人とは、もちろん彼。
それは、彼が許可する数少ないインタビュー(それはスペインの新聞の悪意のある罠を避けるため、きっちりと線引きされている)のたびに、繰り返し言っていることだ。

24歳、8年の若いキャリアで裸一貫から身を起こし、Castellaはすでにアレーヌの主役である。
2006年の終わりに、スペインの全批評家は、愛国的なためらいも見せず彼にその年の最高のマタドールの称号を捧げた。
闘牛の専門家達は、あがめ奉られる2人のスター、Enrique PonceとEl Juliよりも、この小さなフランス人がずっと優れていることを認めたのだった。

そこに達するために、Castellaは闘牛界の大物Antonio Campuzanoの闘牛学校で休みなく働いた。この元闘牛士は、セビージャの近くに若い闘牛士のための"大学"を創設している。

セバスティアンは15歳でベジエの中学を卒業した。彼は"修道会"に入るため、ペンキ屋の見習いから逃げ出した。ベジエの牧場主で闘牛場のディレクターでもあるRobert Margéの加護を受けて。
救い主は彼の学費を払ってやり、小さくひよわで、ややもすると内向し孤独に陥りがちな、故郷をなくした若者が不自由なく暮らせるようにと、温かい下宿屋を見つけてやった。

「ただ牛だけが、彼の気持ちをとらえた」、とMargéはうちあける。
「彼には偉大な闘牛士になるための美点がある、と感じた。それは勇気と意志だ」

「息子はたぶん、父親から闘牛の情熱を受け継ぎました。父親はやめる前にはノビジェロだったんです」
ポーランド系の母、Annickはつけ加えた。彼女はエロー県のポルティラーニュ=プラージュで、観光客相手の乗馬クラブを経営している。

彼女から、セバスティアンは青い目と優しさを受け継いだ。ただしそれは、牛を前にした時の冷酷な決意とは対照的だ。
Castellaは、獣の角先で、危険や死の恐怖をものともしない恐るべき闘牛士だ。しかし彼のすらりとした体つきは、アレーヌではひどくはかなげに見える。

「彼が闘牛をする時には、観客は決して休むことができない。一瞬たりとも息をつくことはできない。大体の場合、観客はいらいらすることなく終る。彼と共に、我々は彼が冒す危険を体験する。彼は自分の演技を儀式化しているような印象を与える」
"Controversia del toro y el torero"の劇作家であり俳優のAlbert Boadellaは、そう分析する。彼はCastellaを、もう1人の類いまれな闘牛士であるJosé Tomásと比較する。

Albertは06年5月、マドリードの名高いサン・イシドロ祭の闘牛が終って、スペイン皇太子に挨拶に行った時のこの若者の引きつった顔を覚えている。
「彼は何も言わなかったが、我々は彼がプエルタ・グランデを果たさなかったことに憤慨して、ひどくいらだっているような気がした。それでも、彼はその日はたいしたことはできなかったはずだ。いい牛ではなかったから」

「セバスティアンはそんな風なんだ」とRobert Margéはつけ加える。
「けっして自分に満足しない。私はそこが好きだ。それが彼を頂点に引き上げている。彼の闘牛を見なければ見ないほど、私は体調がいい。それほど不安でならない」

Castellaはたゆまずこう答える。「僕の道はそこを通っていて、僕はこの自分への厳しさを乗り越えていく。人よりも大きな成功を収めるには、人のしないことをしなければならないから」

しかし勇気には裏側もある。Castellaはたび重なる怪我のために、もう15回も全身麻酔を受けた。若い闘牛士にしては多い。
最近の大事故は昨年末、コロンビアのカリで起きた。彼は肋骨を5本折って肺に穴が開き、結果として2ヶ月の回復期を要した。

「再び闘牛場に立つこと、それは彼の強迫観念だった」、と子供の頃からの友人Olivier Margéは言う。
「一日も早くトレーニングを再開するために、朝から晩まで厳しいリハビリを続けていた。夜眠れない時には、起きて、ムレタを持ってサロンにパセをしに行っていたよ!」

光の衣装を着て闘牛場に戻ってから数時間で、セバスティアンは自分の感覚を取り戻したと言い切った。
「自分が100%でなかったら、僕はアルルにもセビージャにもいなかっただろう。僕は自信をなくしていたし、右腕には力が入らなかった。でも、すっかりよくなったよ」

今年、アレーヌの新星は意図して彼の出場回数を制限した。65回こっきり。それは彼のギャラを暴騰させた。06年の3倍、1回のギャラは10万ユーロを越えた。
ニームの闘牛場のディレクター、Simon Casasは、ペンテコステのフェリアに出るようセバスティアンを説得するのに、何日も交渉しなければならなかった。

カスティーリャの闘牛場に戻って、この小さなフランス人は既にすべての闘牛ファンを喜びにふるわせている。

Castella2

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