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2009.08.07

ラグビーという家族

バスタロー事件を調査しているFFRの規律委員会長が、パリジャン紙の取材で彼の処罰に言及。バスタローは1~3年の間代表戦出場停止の処分を受けるかもしれない。
スタッド・フランセにとっての唯一のいい知らせは、このサスペンションがリーグ戦やハイネケンカップには及ばないだろうことです。

一方処罰はバスタロー1人だけにとどめられる模様で、代表団長やマネージャーのジォ・マゾらは「騙されただけ」、ということで責任は問われない見込み。見せしめという見方をするプレスもあります。

FFRの調査なんてこんなものだろうな、とは思ってましたが、あまりに多くの疑惑を残したこの出来事。バスタローの処罰は当然としても、彼1人に重い罰を科すなら、それなりの説明をしないと今後の代表の士気にもかかわりそうな気はします。
規律委員会は来月バスタローを聴取、正式に処罰が伝えられるのは9月末の予定。

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「我々プロラグビー選手は、マチュー・バスタローと彼に近いすべての人々に対し友情と支援を表明する。我々のラグビーのファミリーに対し、彼に敬意を送ることを求める」

これはバスタローが入院したすぐ後に、選手組合Provaleが出した公式声明。"amitie"、"respect"。やっとラグビーの言葉が戻ってきた、という感じでした。
声明はこの後、メディアに対し品位と責任を望み、「疑念と妄想を供給する」過剰報道を即刻やめるように求める文が続きます。そしてバスタローが一刻も早くグラウンドに戻ってきてほしい、という一文で締めくくられる。


ここ何年かフランスラグビーを見ていて、個人がここまで厳しい批判に晒される例はあまり見たことがない気がしたし、今回のことでは少なからず驚きました。NZ側の激しいリアクションに引きずられた面は、少なからずあるんじゃないかな。
2年後にワールドカップを控えた主催国NZにとって、このような治安にかかわる事件は大問題だった。でも多分それだけじゃない。NZの文化においてはラグビーはまず「覇権」だという気がするし、それは国民のアイデンティティに深く結びついている。
ランドローコーチが「南半球ではこのスポーツは宗教のようなもので、すべてがラグビーの周りを回っている」と言ったのは、そうだろうと思うし、若いバスタローにはそのことが分かっていなかった。

事件をいっそう複雑にしたのは、これが途中からもっぱら政治の問題になってしまったことで、それはスポーツにとっては不幸なことでした。だからフィヨンの公式謝罪(ラポルトの進言らしい)によって、両国間の問題はNZの外交的な勝利で一応の決着がついた。
でもいつか、ラグビーはラグビーの文脈に取り戻されなきゃならない。

スタッド・フランセは幹部からエスポワールまで、ファミリーとしてバスタローを支えている様子です。ドミニシにもかつて精神を消耗して入院した経験がある。
フッカーのマチュー・ブランは、「俺はラグビーの大家族の一員だが、それは抑制がきかなくなっていると思う」、と言った。プロ化から15年、でも彼のようなベテランはまだラグビーのアマチュア的な気質を残してる。
彼はミディ・オランピックの編集長が書いたらしい"セックスと嘘とビデオテープ"というシャレにもならないタイトルの記事を指して、こんなものはもうラグビーじゃないんだ、と怒っていた。

私はサッカーの傲慢さや殊更に個々のミスをあげつらうような風潮が嫌いで、ラグビーの中にあるモラルに惹かれました。何のためにスポーツを見るんだろう?いつもそう自問する。

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