«  カレンダーです | Main |  Allez “les Bleus”! »

2007.09.09

 ベティ・ブルー

(本日のエントリはシロートの独り言ですのでテキトーに読み流してください)
日頃、フランスの新聞にはスポーツ面ってものが存在しないんじゃないかと疑ってるんである。あれは社会面の一部なんじゃないか。そのフランスメディアは開幕戦の敗戦の大反省会中の模様。

いくつか前のエントリで、「世の中にはいろんな正しさがある」と書いたのだけれど、ここはヤッパリ「いろんな美しさがある」と書くべきだったかもしれない。アルゼンチンのグリンタは美しい。フランスのひらめきもはかなくも美しい…いやむしろ、はかないからこそ美しいと言った方がいいだろうか。シャンパンの泡みたいに。レ・ブルーを追っかけるのは気まぐれで破滅的な美女とつきあうようなものですナ。
ニヤンガいわく「ウチの傷つきやすいBK」は、アルゼンチンの粘りと闘魂の前に「もうひとつの顔」を見せてしまったのだけれど、それがアルゼンチンによる物理的プレッシャーが効いていたからなのか、主催国の精神的プレッシャーに押しつぶされていたからなのか、あるいはその両方なのかは分からない。采配も完敗だったし、スクレラが退いた後の10分間のキックのスペシャリスト不在(ミシャラクもトライユも蹴れることは蹴れるけど…)は結果的に裏目。私には時々スタッフがことを複雑にしすぎているように見える。
アルゼンチンは歴史的勝利にふさわしい戦いを見せた、でも個人的にちょっとだけ曖昧な思いが残るのは、純粋にゲームの流れを見ればそれはパントキックの多用によって分断されたもどかしいものだったように思うから。

アルゼンチンはハイパントから密集での倒れこみに至るまで、もっぱら戦略的にフランスを苛立たせることに成功していた。こういうところは手を抜かないのが南米なんである。フランスは昨年秋のオールブラックス戦でトライユが戦術としてパントを多用したけれど、それに対するフランス国内の反応はあんまりかんばしいものじゃなかった。まあそれは両国の置かれた状況と文化の違い。プレッシャーを受けながらなおも繋ごうとして自滅するフランスラグビーのDNAが私にはいじらしかったんである。
昨日の虐殺マッチ2連発(クゥー)を見ながらワタクシ、ラグビーワールドカップにおける「番狂わせ」の意味を了解したのであります。日本がワラビーズに勝ったらそれは番狂わせでしょう。でもフランスとアルゼンチンは最近の対戦成績を見ても元々互角かそれ以上…だからこそ、私はもうちょっと違った試合が見たかったのだ、多分。

この試合で負傷したスクレラはどうやら2週間のアウトらしい。最初の検査の時はパパのジャン=クロードが、「彼にとってのワールドカップが終わるかもしれない」と言っていたから(心中お察しする)、それに比べれば状況はいくぶん良かったけれど、しかし。
フランスのスポーツ中継は、試合中よく選手の表情を抜いて印象的なスロー映像でリプレイするけれど、スポーツであるとともに人間ドラマであるという意識が他よりちょっとだけ強いのかもしれない。いつもは泰然自若としてプレイスキックに臨むスクレラの表情がだんだん険しくなっていく映像が、この試合で彼の置かれた状況の厳しさを示していた。

Jauzi

|

«  カレンダーです | Main |  Allez “les Bleus”! »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



«  カレンダーです | Main |  Allez “les Bleus”! »