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2007.05.23

 スター選手の光と影

Domibio2個人的にドミニシの半生記が興味深かったもので、自伝の中からメディアに公開されている部分(ならいいよね)をもう少し続けてみましょう。訳はとってもいいかげんです。

─少年の頃、母がある日霊媒に会ったことをよく僕に話していたのをはっきり覚えている。その霊媒は母に、大きな不幸が訪れると予言した。でも、彼はこうも言い加えた。「あなたの息子さんには天賦の才がある」
姉の突然の死の後、母はその「天からの贈り物」とはラグビーのことだと信じて疑わなかった。母は繰り返し言ったものだ。「いい?あなたはきっとフランス代表入りするわよ!」。僕はこう答えた。「だけどねママン、ママンは僕をずいぶん小さく産んだじゃないか!172センチ68キロの僕にフランス代表でどうしろっていうんだい?腕が太ももくらいあって足なんか丸太みたいな連中ばっかりなんだよ?」。母は答えなかったけれど、彼女には自信があった。
霊媒の予言の前半は不幸にして現実になってしまい、僕達家族にはぽっかりと大きな穴が開いたようだった。それを埋めるために母は、予言の後半が実現しないなんて考えられなかった。父は僕の一番の支持者になった。─


ドミニシは自伝の中で、1人の人間として自らの悩み苦しみをも赤裸々に語っています。まあ肉体的にも赤裸々な人ではあるんですが。17歳になってからラグビーでデビューし、でも最初は誰のため、何のためにプレーしているのか分からなかった、と言います。(観客のため?両親のため?それとも自分のために?)
最近ドミニシについていくつか記事を読みましたが、彼のお姉さん、パスカルは、両親が働いている間ほとんど1人でドミニシの面倒を見て、2人はいつも一緒にいたのだと。彼女の突然の死の後ドミニシはずいぶん荒れて、ケンカばかりしては拘留されていたそうです。

しかし、後の奥さん(当時15歳、一目惚れだったらしい)とマッサジスタのピエール・スサノとの出会いが、彼を荒れた状況から救い出します。スサノはドミニシが立ち直りラグビーで開花するのを助け、ドミニシは自分が選手として今あるのは彼のおかげだと語っています。が、2000年の夏にその友人でもあったスサノが亡くなり、さらに10年間共にすごした奥さんとも別れ、身も心もボロボロになって入院…というような壮絶な話が続きます。「パスカルが死んだ時僕は14だった。そしてまた14年後に今度はピエールが死んだ。この偶然の一致には混乱してしまう…」
日頃目にするドミニシのインタビューには、感受性の鋭い人特有の“癖”があるように感じます。BKにはわりとそういう人がいる気がしますね。たとえばカステニエードとか。

あくまで私個人はですが、ラグビーにせよサッカーにせよ、それは脆くも弱くも不完全でもある「人間の」スポーツと考えてます。いつでも調子がいいわけじゃないしミスは常に起こる、それをいかに11人なり15人なりでカバーしていくか、という競技じゃないかなと。完全ではないからこそ人は真にそこに共感したり、人生において何かを得ることができるんじゃないかと思う。ミスをことさらにあげつらう批評(と呼べるものなら)が好きじゃない、というのはそういうこともあるんだけれど。
(この項続くかもしれない)

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Comments

つきさん

>ラグビーにせよサッカーにせよ、それは脆くも弱くも不完全でもある「人間の」スポーツと考えてます。

あいも変わらず、良いこと書きますねーー。
揚げ足とりの私には、胸が痛いです・・。

ところで、「史上最強」と言われる時のサッカー・ブラジル代表ほど、W杯では簡単に負けます。。
かえって、人材難の大会で、ガチガチの組織プレーに徹した時の方が優勝してます・・。

「それをいかに11人なり15人なりでカバーしていくか」(つき語録より引用)に、行き着くのでしょうか。。
とくに、負け試合を見てると、そのチームの完成度が見えますよね・・。
負けても感激が伝わらないチームの試合は、選手や監督・コーチが一体化(ファミリー)になってないです。。

ラグビーW杯では、ヨレヨレのワラビーズやフランス代表の方が、毎回優勝候補筆頭のABsの上にいってるのは、「つき理論」の証明でしょうかね。。


>後の奥さん(当時15歳、一目惚れだったらしい)・・・が、彼を荒れた状況から救い出します

(〃ー〃) ワテも救って・・。 年齢不問。。 でへっ・・。

Posted by: ひろどん | 2007.05.23 at 23:42

組織か個人か」は永遠の議論のテーマなのかもしれませんが、チームスポーツの基本理念はどこも同じではないでしょうか?

人間のスポーツ、いかに11人なり15人なりでカバーしていくか、というのはもっぱら見る側、批評する側の問題として書きました。ラグビーでなくもっぱらサッカー側の話ですけど、何かリアリティを喪失しているような。
「ミスのスポーツ」ということを言ったのはプラティニでしたか(ミスがまったくなければスコアレスドローだ、という)。もちろん批評の仕事をする人のすべてがというわけではないけど、一部、批評が「批判のための批判」になってしまってはしかたないと思いますね。個別のミスにとらわれて試合の動的な流れを分断しているように思うこともあります。

Posted by: つき | 2007.05.25 at 00:41

つきさん

>組織か個人か」は永遠の議論のテーマなのかもしれませんが・・。

深い問題ですね。。
ただ、強いチームを作るうえでは、チーム(全体)強化が先で、個人強化が後のチームの方が、その後は伸びてる傾向にあります。
特に、弱ければ弱いほど・・。
(ラグビーだけかもしれませんが・・。)


>サッカー側の話ですけど、何かリアリティを喪失しているような。

最近のラグビー・SP14のような、個人がミスするのを前提にしたフォーメーションを見ると、「良く考えた」と感心もする反面、ミスする事を前提にせず、「対面への、一つのタックルに、もっと命を賭けろ!」とも言いたくなります。

とはいえ、「人間のスポーツ」と割り切れるかどうかは、レフリーのミス・ジャッジに現れるかと思います。
割り切ると言うと、業務的・機会的ですが、それを(特に主将の)チーム力が、その受け止め方に現れる気がします。


>個別のミスにとらわれて試合の動的な流れを分断しているように思うこともあります。

非常に難しい問題ですね。。
単なる凡ミスは、論外ですが・・。(練習法の問題=監督の質。何の種目でも、これは同じです。)

ラグビーの試合を、大枠で見るというのか・・。
最近、人選やゲームプランとか、すでに終わった試合を見直しながら、いろいろと考える時があります。
今春、6Nでのフランスが、ウェールズ戦でFW重視の試合をしましたが、それを見た当時は、フランス代表というか監督に対して、私は負のイメージしかなかったのです。。
でも、あれで良かった、試しておいて良かったとも(フランス・ファンではないのに)最近は、思えてきてます・・。

あの試合、慣れないスキルでミスが(ボールを持ってる人も、持って無い人の動きも)多々ありましたが、今秋のW杯で重くて大きいABsのFWと対戦するには、仮想敵国としてはピッタリの相手・・。
(正直、ウェールズは、いつものプランに戻せば、楽勝できる相手ですし、昨秋のABs戦では試さなかった、FW重視のプラン。。)
しかも、今回の遠征メンバーの選出状況を考えると、あのウェールズ戦で試さないと、今後のチーム作りの計算が立たない・・。
あれで監督も、あらかた目先が着いた気がします。。

それを思うと、井の中の蛙のように、フランスのつまらないミスを指摘していた、自分が恥ずかしくもあり・・。
まだまだ、修行が足りませんでした。。
「批判のための批判」になっていた気がして、反省しております。。


PS.
的外れな返信でしたら、すみません。

Posted by: ひろどん | 2007.05.25 at 03:26

ひろどんさんの日頃の分析にはとても説得力を感じています。ひろどんさんは「全体」をつかむために「細部」を見てらしゃるのではないでしょうか。それは重箱の隅的な批判とはまったく逆ではないかと思います。
サッカーでDFが相手にゴールを許すような場合でも、「プロがそれはマズイでしょ」というような凡ミスもありますけど、その1つ前、2つ前の段階から見えないミスが始まっていることも多いですよね。TVの中継は最後の部分だけを繰り返しリプレイして、“一部の”サッカー解説者はその映像から戦犯(らしき選手)を探し出しては批判しますが、そこに一線のプロに対する敬意やスポーツに対する真の愛情がない場合が問題なのだと思います。スポーツには、目を向けさえすればもっと素晴しいことがたくさんあるのに。

私の話はいろんなことをぼかしているので、すごく誤解をまねく文章になっていると自覚してます。申し訳ないです。見る側のリアリティというのは突き詰めて言えば、地元の小さなチームを応援するような気持ちかもしれないし、それが基本ではないかなと思ってます…

ラポルトは…何となく本番でもアレをやりそうな気がしてます。ミシャラクを使うかスクレラを使うかで、また戦術は変わってくるのでしょうけど。ワールドカップは純然たるスペクタクルを求めるには規模が大きくなりすぎたのかもしれない。難しいですね。

Posted by: つき | 2007.06.02 at 00:20

つきさん
>プロに対する敬意やスポーツに対する真の愛情がない場合が問題

以前、『バルトの楽園」』という邦画を見ますた。
その中のセリフに、「自然を愛せ。自然に愛されよ!」というのが印象的でした。。
私も「ラグビーに愛されるファン」にならねばと思いますた。。

ラグビーは、選手にもファンにも、いろんな意味で寛容なスポーツかと思います・・。
それだけに、しっかりせねばと、戒められる毎日です。。

Posted by: ひろどん | 2007.06.05 at 02:32

>「ラグビーに愛されるファン」

すごくいい言葉ですね!スポーツから与えられることに慣れすぎないで、ファンとして何ができるかを考えるべきなのかもしれません…
私は日頃ブログでくだらないことばっかり書いてるので(まあ、楽しく読んでいただければと思うのです…)、たまに自己嫌悪に陥ります。

Posted by: つき | 2007.06.07 at 23:19

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