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2007.03.02

 紅梅・白梅

Koubai_1

Umenohana

それで思い出しましたが、尾形光琳の代表作たる紅白梅図の屏風、あれは両岸の梅の木が男で真ん中の川が女、つまり「嬲(なぶる)」という字を図化しているのだ、なんて説をとなえる方もいらっしゃるそうですね。
図像の解釈には時々「いくらなんでもそれは」なケースもあるけど、「キニナル絵画」のエントリは、まあいわばそのテのパロディのつもりなのです。

先日のデューラーのことを言うと、あれはまあ、つまりアダムの左側にある木がズバリ「自粛なし」の男性のヌードの形をしてるみたいなんですけどこれどうですか、って話なんでして、最低の下ネタで反省しています。やりすぎると※ウィルソン・ブライアン・キイみたいになっちゃう。
(※ 「○○社のクラッカーの表面には性的な文字が埋め込まれている」とか、広告におけるサブリミナルについていささかトンデモな著書を何冊かものした方)


トンデモといえばですが、少し前に話題になった 『ダ・ヴィンチ・コード』ってあれはどうだったんでしょう。私は小説も映画も見てませんが、内容を伝え聞くところによるとどうもネタくさい。
ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』 でイエス・キリストの左にいる中性的な人物がマグダラのマリアとか、それは普通にヨハネだから。レンヌ・ル・シャトーの話自体は、それよりずいぶん前にコリン・ウィルソンのオカルト本経由で読みました。

エンタテイメントというものは別にそれでもいいんですけど、説得力が失われるギリギリの線というものがあって、『ダ・ヴィンチ・コード』の著者が1つマズかったのは、あの小説が「事実に基づいたもの」と書いちゃったことじゃないかな。狙ってるんだろうけど。

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