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2007.02.16

 スクレラという名のSO(2)

【観客席の気になる人たち】
これは…ダンカン隊…??

Duncan

それにしてもアダム・ジョーンズがオールブラックスにスクラムでやられてそんな心の傷を負っていたなんて。元気出してネー。スクレラの記事の後半は、そんな罪作りなオールブラックスがらみの話から始まります。


─はじめにフルバック、さらに3列をやり、少年のスクレラはSOにポジションを移した。そしてたちまち階段をかけ上り、01年6月30日、オールブラックス戦でついにフランス代表に到達した。
ウェリントンで行われたこの試合で、フランスは37-12で敗れた。ダヴィド・スクレラは彼のマイヨを手元に残しておかなかった。「オールブラックスのSOのトニー・ブラウンと交換してしまってね」。そして別のマイヨを手にできるまで、彼は5年半待たなければならなかった。

なぜこの2度目のチャンスが訪れたと考えるべき?スクレラは土木工学技師の資格を取り、03年にコロミエからスタット・フランセに移籍してから、はじめて「100%プロフェッショナル」になったことを挙げた。
「パリに来て、家族や友達と離れて暮らした。ディエゴ・ドミンゲスやアラン・ペノー、そして今はリオネル・ボクシスと競争して、クラブでポジションをとるために頑張らなければならなかった。僕は何も投げ出さなかったし、それは報われましたよ」

彼はオフシーズンに減量したことも挙げた。「96キロあった体重を91キロまで落としたんです。太りやすい対質だから、毎日毎日気をつけないとね。以前の僕は怠け者だったけど、この夏はコルシカでバカンスの間にフィジカルトレーニングを頑張りましたよ」と言う。「体を絞ってはじめて、それがもたらす満足感に気づくものですね。ずっと敏捷に動けるようになったし、試合の間の持久力もついたんです」

自分が決して「ミシャラクの敏捷さもトライユのスピードも」持たないことを認めるにしても、スクレラは他の長所を主張するだろう。「今季成功率75~80%」のキックという長所を。ミシャラクの長期の負傷は代表の№1スタンドオフの今後に疑問を投げかけているが、そのことは彼のカムバックに一定の役割も演じた。
「ミシャラクのことは特に考えません。彼はもうフランス代表でプレーするレベルであることを証明した。僕はといえばゼロからのスタートだ。すべてを証明しなければならない」、と彼は言う。「通過する列車に乗りそこなってはいけないことは分かってます。もし運よくこの列車の、それもいい車両に乗れればうれしいですよ」─

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