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2007.01.17

キニナル絵画 隠れているもの(2)

Durer2絵の中に「何かがいる」で思い出したのは、以前のエントリで書いたアルブレヒト・デューラーのことで、このドイツ・ルネサンスの巨匠もまたどこか思わせぶりというか、緻密なディティールの中に何かが潜んでいるのではないか、と深読みしてしまうようなタイプの画家ではないかと思われます。
主題のはっきりしない謎めいた作品も多いし、今にいたるまで多くの図像学者の研究意欲をかきたてているのです。

さて今回は1504年の銅版画作品 『アダムとエヴァ』 。画面中央に“善悪の知恵の木”があり、今まさに蛇にそそのかされた2人が禁断の果実を口にしようという場面です。アダムは右手で“生命の木”であるナナカマドの枝を握りしめていますが、左手はあいまいに開いてエヴァのすすめる林檎を受け取ろうとしています。
動物達はそしらぬふりをしているものの、山羊(?)はその様子をチラリと盗み見、牛は鼻をひくつかせ、ウサギは耳をそばだて、猫は触れたシッポの先でエヴァの動向を探っています。猫はよくこういうことをするのです。たまたまナナカマドの実をついばみに来ましたという素振りのオウムは、そのおしゃべりな口で事の次第を神さまにご注進に行くかもしれない。

主題はどうあれ見たところ、この絵でデューラーが表現したかったのが「理想の人体」であることは間違いなさそうです。しかしデューラーが追求した完璧な人体には、さまざまな倫理的要請からいささか不自然な「自粛」が入っております。まあ、デューラーのイタリアに学んだ明快な彫刻的人体表現+北方ならではの粘着的細密さで完全マッパ描写をされてもそれはそれでキツイわけですが、画家自身は実際のところ、こういった自粛をどのように考えていたものなのか。
つまりたとえば1つ…アダムの体を隠している枝からたどって、ナナカマドの木の幹の形をもう一度よ~く見ていただきたい。

(画像はクリックすると大きいサイズになります。ちょっと分かりにくいけれど。ドイツ美術の巨匠の作品でこんな下ネタを上げてしまったことをゲイジュツの神さまにおわびします)

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