« アルゼンチンラグビーの“フレンチコネクション” | Main | フランス対アルゼンチンが終わりました »

2006.11.25

ラテン系ラグビーというくくりはありなのだろうか

Agustin←レデスマに余裕でもてあそばれるピチョット
アルゼンチンのフロントロー(セルソ、レデスマ、アサン)は総重量340キロ、フランス(ドゥヴィリエ、イバネス、ミルー)は305キロらしいヨ。イングランド戦でセルソが出てきた時にはウハァ~と思ったなあ。押せるのかフランス。

前のエントリは、フランスとアルゼンチンのラグビーにおける繋がりの話だけれど、広く両国間の関係についてはよく知らない。個人的に頭に浮かぶのは、たとえばパリを中心としたタンゴブームがアルゼンチン本国に影響を与えたことか(日本における浮世絵みたいに)、小説家のコルタサルや映画作家のフェルナンド・E・ソラナスみたいな、軍事政権時代にフランスに亡命・帰化した文化人のこととか。
スタッド・フランセのフォーラムを見ててもアルゼンチンの選手は人気があるし、PSG時代のガブリエル・エインセは、パルク・デ・プランスのアイドルだった。パリの観客にはいつでも、南米の選手が華やかなテクニックや熱い闘志をもたらすのを待ちこがれているようなところがある気がする。

今夜はスタッド・ドゥ・フランスで、ラグビーのフランス対アルゼンチン戦がある。クラブでは大勢のアルゼンチン代表のチームメイトがいるスザルゼヴスキは、「彼らはとても謙虚でインテリジェントな尊敬すべき選手達。僕個人は彼らとはすごく仲がいい」と言い、ヴェルムランは、「彼らの国は経済面で苦境にあるけれど、誇り高い彼らはスポーツで国民の助けになろうと努めるんじゃないかな」と言い、ドゥヴィリエは、「我々も彼らもチームのためにベストを尽くすハイレベルなプレイヤーだ。その後で、我々の友情は何も変わらない」と言う。
ほんとのことを言うと最初から、オールブラックス戦よりこっちの方が見たかった。どっちが勝っても負けてもいい試合になるといいな、私としては。来年のワールドカップのこととか抜きにして。


ここからは余談になるけど(読み飛ばして)、実のところ、ラグビーにしてもフットにしても、代表のスケジュールがワールドカップを中心に動いていくのはどんなものだろうと思うことがある…つまり、ワールドカップは本当に最高の栄誉を持つ大会なのかということです。ワールドカップという巨大なイベントが、スポーツに(近代)国家を持ち込むのがいいことなのかどうかは分からない。

最近、決定的に「こりゃアカン」と思ったのは、ドイツワールドカップ決勝でのジダンの例のアレをめぐる一連の騒ぎでした。結局フランスとイタリア両国の「代理戦争の代理戦争」になって、最後は論点すら分からなかった。この一件は文化の衝突でもあったけど、それがたとえばジダンの育ったアルジェリア・コミュニティにおいて家族への“侮辱”がどういう意味を持つのか、という方向にはいかなかった。それぞれが「国益」に基づいて、それぞれの属する共同体の価値観をふりかざすだけだった…気がする。
ドイツで行われたのはフットボールの祭典なんだと思っていたけど、やっぱり『民族の祭典』だったのかもしれない。大会の熱狂が高まるにつれて、なにか焦燥してくるあの感じはなんだったんだろう。

|

« アルゼンチンラグビーの“フレンチコネクション” | Main | フランス対アルゼンチンが終わりました »

Comments

つきさん。

相変わらず、深いですねぇ。
勉強になります。

サッカーは、素人以下の知識しかないので控えますが、ラグビーで考えてみました。

ラグビーにW杯のようなトーナメント形式は、不向きだという声は多いです。
特に、ラグビーのW杯は、まだ4~5回ですので、根差しきれてないという事もあるでしょうが、ラグビーの発祥が対抗戦形式だったことにあると言われております。

当事国や当事校が、互いに自らの持ち味を追及し磨いていく中で、スポーツとしてのスキルの発達があり、その結果、どの国にも独自の戦法や戦術がありましたし、オックス・ブリッジの「ブルー」や、4年に1度のライオンズ遠征など、試合に出れるだけで最高の名誉だったのですが・・。

近年は、プロ化された事もあり、「勝つ→露出が増える→スポンサーやTV放映権が高くなる→給料が上がる→良い環境で練習できる。」

なので、勝ちたいが為に平気で反則もする。→試合に出てナンボなので、技を磨くより体力重視→似たり寄ったりの試合で凡戦が多くなる・・・。

海外でも、日本のトップリーグでも、だいたいこんな感じでしょうか・・。

古き良き「ラグビー文化」と、洗練された「スポーツビジネス」の綱引き状態でしたが、今や勝たないと話にならなくなり、レフリー批判も平気ですし。。
「敗者は賊軍」呼ばわりのマスコミも、何なんだか・・。

NZに行けば昔の大西ジャパンが、ウェールズに行けば日比野ジャパンが、今でも現地では英雄の様に、お年寄りのラグビーファンから語られるそうです。。
でも、良き敗者が存在しなくなってる昨今、とりあえず勝って世界一にならないと名前も残らないのでしょうし、「敵ながら良いプレーだから拍手」なんてなくなるのでしょうか。。

「ラグビーが消滅したら人類の悲劇だ。」と書く、藤島大さんの作品の中にしか、「ラグビー精神」なんて、もう無いのかもしれませんねぇ。。

長々と、すみま千円。

Posted by: ひろどん | 2006.11.26 at 01:45

やっぱりラグビーもサッカーと同じような問題を抱えていくようになるんなら、残念ですね。
私は最近のサッカーの商業主義や、足の引っ張り合い・罵り合いにいいかげんウンザリして、今年のシックスネイションズからラグビーに避難してきました。ラグビーにはまだ何か、スポーツの精神やリスペクトが生き残る余地があるんじゃないかと思ったから。
サッカーのワールドカップは大きくなりすぎました。あまりにも多くのお金が動いているし、スポーツを通じて国と国が理解を深めるというよりは、新たな遺恨の場になっています。その国独自のスタイルも、だんだん薄れつつありますね。

マスコミの報道もひどいものだと思います。サッカーでは、サッカーバブルの時の負の遺産が、いまだにジャーナリズムに根を張っています。
私はこのブログで、ラグビーの選手たちの「ラグビーはサッカーのようにはならないよ」みたいなコメントを時々載せてますが、そう信じたいですよね。

>NZに行けば昔の大西ジャパンが、ウェールズに行けば日比野ジャパンが、今でも現地では英雄の様に、お年寄りのラグビーファンから語られるそうです。

いいお話を教えていただいてありがとうございます!個人的には、スポーツは敗者がいるからこそ勝者がいるということを忘れないようにしたいものです。

Posted by: つき | 2006.11.26 at 23:12

>>私はこのブログで、ラグビーの選手たちの「ラグビーはサッカーのようにはならないよ」みたいなコメントを時々載せてますが、そう信じたいですよね。

ご存知でしたらすみません。
「スズキ・スポーツ」HPに連載されている、藤島大さんのコラムが、つきさんと同じ視点で書かれてます。

オススメなのが、1、2、5、14、29、33、35回のです。
これは現在の、失われつつある「ラグビー精神」について触れて書かれた分のです。

名前のところに最新回のリンクを貼っておきます。
よかったら、どうぞ。。

PS.
寒さ厳しい折、お体に気をつけて下さいね。

Posted by: ひろどん | 2006.11.27 at 01:25

いつもありがとうございます!ラグビーの情報はどこで手に入れたらいいのか、まだよく分からないんです。

最初のいくつかを読んでみました。レフェリーの問題は難しいですね。私はもともとはサッカーファンですが、最近はイタリアのリーグで大きな八百長疑惑事件があったばかりです。賭けやくじで大きなお金が動くところは、どうしてもこういう良くない噂が出てしまいますね。
実際、カードと笛を権力としか思っていないような審判がいることも確かです。敬意を持たれるには、それにふさわしい行動と哲学を…と。

サッカーの良くないところばかり書いてしまいましたが、ある意味、そういう混沌としたものを受け入れる幅もサッカーの魅力なんだろうと思います。ラグビーの精神は本当に素晴らしいけれど、スポーツは理想ばかりでもバランスが悪くなる…また、そんな話も書いてみようかと思います。

Posted by: つき | 2006.11.28 at 20:19

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91018/12819389

Listed below are links to weblogs that reference ラテン系ラグビーというくくりはありなのだろうか:

« アルゼンチンラグビーの“フレンチコネクション” | Main | フランス対アルゼンチンが終わりました »