ハート・シェイプド・ワールド
雲の様子が変わってきたような気がする。流れる雲が幾重にも重なって、空が高くなってきました(↓は昨日、一面ひつじに占拠された空。案の定今日は雨が降った)。秋なんだなー。夏の雲がシュークリームだとするなら、秋の雲はミルフィーユってとこだろうか。つい貪欲に食べ物にたとえてしまった。ほら秋だから。正岡子規の、「夏雲は岩の如く、秋雲は砂の如く」のようにはいかないものだのう。
しかし壊れたままのカメラをそろそろなんとかしないと。このブログの写真は、カメラ付き携帯で、道すがらぞんざいに撮ったものをガンガン上げています。まあでも、猫を撮るにもまず交流から(寄るため)っていう不自由さも悪くない気がするな。
小さいセレクトショップやアートショップの一角に置いてあるような、新進の作家さん達の手作りっぽいアクセサリーを見るのが好きです。最近、ある女性作家さんの銀のアクセサリーにしみじみ惚れました。そう高価なものではないけど、モチーフにどことない洒脱なユーモアがあって、世界の見方がまーるくやわらかい、そんな感じがする。
そういえば先日、ミュージシャンの中川勝彦が、亡くなる前にハートで構成された猫の絵を描いた(ああ、確かに猫のパーツは)、という事実にはなかなか考えさせられたのだけど、実際のところ世界はぶよぶよしていて、見方次第でハートにもスペードにもなる。
メディアがマスに発するイメージは、多くの場合とてもアグレッシブで強迫的。勝ち組負け組なんてことがいつの頃から言われだしたのかは知らないけれど(それについては金井美恵子が“「二千人の歯医者」と「瀟洒」”という面白いエッセイを書いてる)、マスコミの言う“勝つ”とは、要は「皆さん“勝つ”ためにコレを買いましょう」って、それだけのことだ。
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