« March 2006 | Main | May 2006 »

2006.04.28

スーパー14もいいけれど

OdrJスポーツの海外ラグビー情報番組「トータルラグビー」は、モンゴル代表のFWはモンゴル相撲の力士であるといったムダ知識から、イングランド海兵隊チームVSフランス海兵隊チームといった軍事マニア向けなコアな話題まで、なかなか楽しめる番組です。先日はハイネケンカップ準々決勝トゥールーズ対レンスターのハイライトをやっていたんですけど、つくづく「Jスポさん来季ハイネケンカップの放映権買ってくんないかな」と思っているわけです。おーオドリスコル様のトライだ。ミシャラクがやっちゃったりしてるけど、ワールドカップまでには何とかよろしくお願いしますよ。

ハイネケンカップはその後準決勝で、バースを破ったビアリッツと、レンスターとのアイルランド決戦を制したマンスターが勝ち上がり、両者は5月20日、カーディフのミレニアム・スタジアムで決勝に臨みます。
レンスター対マンスターは、ストリンガーとオガーラの代表ハーフバックコンビが好調だったらしい。思えばアイルランド代表も、選手のアクの強さという点ではいいとこいってる気がします。スキンヘッドのちっちゃいストリンガーがかいがいしくボールを振り分ける(茶坊主のようだ)その脇をズバーンとぶち抜く大型ウィングS・ホーガン、とか。オガーラが堅気な顔でゴールキックに出てくるとなんとなく一息つけます。
ストリンガー、オガーラのお二方↓
Mun

さて先週末は日韓戦の中継を見ましたが、韓国プロップの腹が強烈すぎてあとのことを覚えていません。イングランド辺りでは時々、その体形の何割かはビールで作られているのではないかと思われる選手も見かけます。シックスネイションズのフランス戦で交代で下がるHOトンプソンの腹がタプタプ揺れている映像はそれなりにショッキングでした。
トンプソンはあの試合、ガストロ(ウィルス性胃腸炎)で腹がゴロゴロしていたとされる1人。これはスクラムきつい。パリにいた頃のガウショも毎年やられてましたが君の場合は遊びすぎね。腹を揺らしながら憔悴した顔で下がってくるトンプソン。1列目はつらいのね。
Thompson
たゆたう腹

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2006.04.19

ラグビーニュース 4月15日

Dsmaillot先週末15日のトゥールーズ戦は15-0で負けてしまったスタッド・フランセなのですが、前日にビアリッツも敗れたため順位の方は首位をキープしています。どしゃ降りの中そんな展開も致し方ないのかもしれませんが、トゥールーズの得点は全部エリサルドのペナルティゴール、後半にはドゥヴィリエとブリュの1列目同士がスクラム以外で激突してしまい両者シンビンなど、結構大変な試合だったらしい。
スタッド・フランセは怪我などでドミニシ、レミー・マルタン、ベルガマスコ兄が欠場。パリはこのビッグマッチをあの強烈なピンクユニ(画像↑)でやりたかったらしいんですが、トゥールーズの赤ユニとかぶるという理由で主審に拒否られ、結果の方も「バラ色」とはいかなかったね、というお話。

共に後半に出場したスザルゼヴスキ(シャルゼヴスキ…?)とニヤンガのパール兄弟は、前回のスタッド・ドゥ・フランスの試合では交代ですれ違っているので、「対戦した感じはどう?」なんてコメントも聞きたかったんだけどな。
パリ界隈では“La Blonde”(女性形w)などと呼ばれることもあるらしいスザルゼヴスキ、しかし「ブロンド娘さん」はああ見えて私生活では一児の父。人生急ぎすぎだ君達。


ついこんなどうでもいいニュースを拾ってしまいました↓
http://sports.livedoor.com/article/detail-3623288.html

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2006.04.13

毛ガニ

Kegani

フランスカップでリールに勝利を収め(2-1)、準決勝に進出したPSG。そのゴールを決めたパウレタ(画像)の胸元にご注目。
カップ戦用のアディダス・ユニのスポンサーロゴですが、以前リーグ戦の中継で解説の方(西部さん?)が、このマークが日本語の「毛ガニ」に見えてしょうがないという話をしていて、そう思って見るとこれが見事にパっと見「毛ガニ」にしか見えない。いわゆる「多義図形」、1つの絵が若い娘に見えたり老婆に見えたりするアレみたいなものですが、どうもベガルタの「カニ○ップ」のインパクトが心理に作用しているような気もします。

このロゴが本当は何をデザインしたものなのかというと…(↓continue readingをクリック)

Continue reading " 毛ガニ"

| | Comments (6) | TrackBack (0)

2006.04.08

エンドレス・ネームレス

Cb2不意に背後の路上で犬の吠え声がして、ジェーンズ・アディクションの“Been Caught Stealing”がフラッシュバックする。It's mine, Mine all mine... スカパーのフィラーでも流れてる、窃盗癖の男がハイになってしゃべりまくってるみたいな曲。
この曲の男がペリー・ファレル自身の話なのか創作上の人格なのか、その混合なのかは知らないし、それ自体は大した問題じゃない。でも、ファン(キッズ)のミュージシャン自身への共感が大きな部分を占めるロック・ミュージックは、表現のあり方としては多少特殊なところがある。
デルモア・シュワルツに小説の講義を受けたのが自慢のルー・リードのベルベッツ~ソロ初期の曲の世界が、どこまで彼自身を反映していたか、といったことは実のところどうでもいい。でも、少なくとも彼は生き延びた。

12年前のこの日に訃報を知った。「彼」が死んだ4月だ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.04.05

シリーズ知られざるマイナー音楽の世界 (Virgin Prunes, U2)

U2の話で思い出したのは、先日見た映画“バッド・エデュケーション”の一場面のことで、神学校の生徒達が体操しているシーンをどこかで見たような気がすると思っていたんだけど、そうか“WAR”のアートワークだ、とスッキリした。
唇に傷のある男の子が頭の後ろで手を組んでキっとこっちを見すえている、あの印象的な男の子は、U2と子供の頃からの友達のヴァージン・プルーンズ(バンドというよりパフォーマンス・ユニットと言った方がいいのかな)のメンバーだったGuggiの弟君だ。

プルーンズのもう1人の中心人物ギャビン・フライディとボノが映画音楽を共作したりとか、U2が大ヒットした後も両者は仲がいいらしい。ボノやエッジという名前も、もともとは子供時代に彼らが架空のビレッジの中で呼び合っていた名だったはずだ。世界的ビッグバンドU2のルーツは、こんなところにもある。
ただし音楽性は全然違って、プルーンズの方はいわゆるひとつの異端というかアヴァンギャルドというか、倒錯的で野蛮なパフォーマンスの中に「新しい美の形」を見出そうとしていた。勅使川原三郎がダンスの公演で彼らの曲を使ったり、当時はそういううけ方をしていた。

弟君もかわいかったですが、お兄さんも、メイクはアレだけどきれいな人だった。最近はどうしてるんだろうと調べてみたら、アーティストとしてまずまずの成功を収めて、奥さんと4人の子供達と一緒に今もダブリンに住んでいるらしい。(※1)最近のボノと写ってる記事を見ると、さすがにいいオッサンになったなーと思う。(※2)なぜか水差しやボウルの絵ばっかり描いていて、往年のプルーンズのイメージからは随分遠い、ミニマムな作風。こういうのわりと好きだな。

※1 http://www.showbizireland.com/news/october02/08-u2113.shtml

※2 作品が見られるGuggiのサイト  http://www.guggi.com/

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.04.04

フィールズ・オブ・ファイア (Echo&The Bunnymen, Big Country, U2)

フットボールファンでラグビーファン初心者であり、一洋楽ファンでもある自分としては、スタジアムでどんなBGMがかかっているか聴くのは結構楽しいことなのです。
自国開催ワールドカップを来年にひかえたスタッド・ドゥ・フランスで、シックスネイションズ後半の大一番の後に“ファイナル・カウントダウン”の大合唱というのも結構ベタですが、スコットランド対フランスの舞台マレーフィールドで流れたのが、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの“トゥ・トライブス”と、それより何よりビッグ・カントリーの“フィールズ・オブ・ファイア”だったというのは、また別の意味での「正しいベタ」だと思うわけです。

ビッグ・カントリー自体はもう随分長く聴いていないし、何年か前にスチュアート・アダムソンの訃報(自殺だったようだ)を読んだけれど、フランスチームの入場に合わせてあのバグパイプ・ギターが鳴り響いた瞬間は、懐かしいというよりはむしろなかなか鮮烈でした。


例えば“War”のU2、“ポーキュパイン”のエコー&ザ・バニーメン。80年代初めのUKミュージック・シーンには、いわゆるニュー・ロマンティックの裏で、「毅然たる叙情」とでもいうべき一連の流れがありました。鋭利に反響するギターと、特にプロデューサーのスティーブ・リリーホワイトが大きな影響を与えた硬質なドラム・サウンドは、この時期にかなり特徴的だったように記憶しています。
グラスゴーのシーンから出てきたビッグ・カントリーがそのリリーホワイトを迎えたデビュー・アルバム“The Crossing”は、スコットランドのトラディショナルな音楽を大胆に取り入れたサウンドが非常にユニークでした。

エコー&ザ・バニーメンの“ポーキュパイン”について言えば、民俗音楽の要素はルーツ的なものではなくWOMADにインスパイアされたもので、シャンカールのオリエンタルなストリングスと、いかにもブリティッシュ・ニューウェイブという感じの彼ら独特のサイケデリアがせめぎあう、奇妙にスリリングなアルバムでした。
彼らはこのアルバムでなかなか面白いことをしようとしていたのだけど、その後すぐ、ザ・スミスの登場でUKシーンの潮流はネオ・アコースティックに向かい、「良い曲とはアコギ一本で演っても良い曲」というような言葉(それも極論だと思うけど)がしばしば聞かれるようになりました。

U2のプロモ・ビデオのような雪原の闘士然としたイメージは、モリッシーが振り回す花束のイメージに代わられ、アルバム“オーシャン・レイン”でそれまでのエコー&ザ・バニーメンが持っていた独特のダイナミズムは失われ、ここ日本ではビッグ・カントリーの話題を目にすることも少なくなりました。そしてU2はアメリカへ向かい世界的ビッグ・バンドへの道を歩んでいきます。


ビッグ・カントリーのサウンドは、試合を前にしたマレーフィールドの、胸の高鳴るような空気によく似合っていたように思います。まさしく毅然とした表情のスコットランド主将、ジェイソン・ホワイトも雰囲気があってカッコよかった。
今週は“The Crossing”を買いに行くよ、スチュアート・アダムソン。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.04.03

ラグビーニュース 3月31日

Ds060403こんなことばっかやってちゃイカンとは思うんですが、ラグビーのことを書いたり記事を読んだり、ちょこっと画像をアップしたりなんてことが楽しくてしょうがないんですよ。まだ自分にこのテのモチベーションが残っているとは思わなかったです。
まあとにかく、スタッド・フランセが先週金曜にリーグの首位に立ったとのことで、ワタクシとしてはこれはアップせねばなりません。

豪雨のために延期になっていたリーグ15節トゥーロン対スタッド・フランセが、31日に行われました。試合はスタッド・フランセが前半だけで3トライを挙げて最下位トゥーロンを圧倒(11-24、すまんトゥーロン)。ファーストトライはスザルゼヴスキで、パリのFW陣は良いラインアウト(ここがポイント)からトゥーロンを押し込み、最後はスザルゼウスキが今季リーグ7トライ目をマーク。
「前線では、1列目のHenn、スザルゼヴスキ、ドゥヴィリエがトゥーロンに厳しい試練を与えた。前者2人はトライを挙げさえした。概して、優勢になれたのはFWの全員だ。特に、スクラムやラインアウトで」

終了の5分前にガルティエは、シックスネイションズの後休養モードのドミニシをフィールドに送り出すことを決めました。ドミニシは93年、21歳の時にこのスタジアムでデビューしたということで、96-97シーズンに帰ってきた時にはブーイングもされたそうだけど、この試合は歓呼の声で迎えられた模様です。よかったね。


トレーニング中の短パンレミー・マルタン(左)、イタリア産男前ミルコ・ベルガマスコ(右)とスザルゼヴスキ。いい眺めだなオイ。ただの筋肉デブと思ってはいけない、スザルゼヴスキは走り出したら速いのだ。
http://www.stade.fr/docmulti/information/image/image-grand/szarzweski_060322_big.jpg

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.04.01

 つきペディア: ディミトリ・スザルゼヴスキー

ディミトリ・スザルゼヴスキー(Dimitri Szarzewski)は現在パリの名門ラグビークラブ、スタッド・フランセに所属するフランス代表選手。ポジションはフッカー。1983年1月26日生、ナルボンヌ出身のポーランド系フランス人。180cm102kg。

ベジエ在籍時の04年夏、代表の北米テストマッチツアーに招集され、カナダ戦(7月10日)で初キャップ。翌05年夏には南半球でのツアーで、オーストラリア戦(7月2日)にスタメン出場、期待の新星として注目された。


【スタッド・フランセ移籍】
04-05シーズンの終わりに、育ったクラブであるベジエがProD2に降格。ワールドカップを2年後にひかえて代表に定着したいスザルゼヴスキーは、スタッド・フランセへの移籍を希望。
「僕の頭の中でははっきりしてる。パリかベジエかじゃなくて、パリなんだ。他にもいくつかコンタクトはあったけれど、僕がプレーしたいのはスタッド・フランセだ。僕はあのクラブに行きたい。あそこのチームが好きだし、スタッド・フランセはトゥールーズとともに、タイトルを獲りたいなら行かなきゃいけないところなんだから」

スザルゼヴスキーとベジエはあと1シーズンの契約があり、代わりのフッカーが見つかるまでは彼を手放したくないベジエ側と、クラブが降格した場合には移籍を認めると幹部と約束したと主張するスザルゼヴスキー側の話し合いはもつれるが、結局05-06シーズンも始まった9月16日、選手側が50%違約金を支払うという条件でベジエは契約の解除を認め、スザルゼヴスキーはスタッド・フランセと4年契約を交わした。

「ポジションを獲得するのは難しいだろう。競争は健全だと思うよ。いずれにせよ進歩できる。僕とニヤンガ(ベジエのチームメイトで、トゥールーズに移籍)にとっては、すべてがあっという間だ。僕個人としては、距離を置いて考える時間がなかった。家族のおかげで、僕は同じ年頃の若い選手よりしっかりしているかもしれない。僕は他の選手達より成熟が早かったんだ」


【ビッグマッチ、トゥールーズ戦】
スタッド・フランセに移籍して2週間、フィジカルコンディションは完全ではなかったものの(「ポテンシャルの60~70%というところかな(笑)」)、9月30日のカストル戦(25-10で勝利)で初のスタメン出場。いきなり48分に移籍後初トライを挙げる。

9節トゥールーズ戦は10月15日、スタッド・ドゥ・フランスで開催された。このビッグマッチで、スザルゼヴスキーは28分にファーストトライを挙げた。自陣でボールを奪取した後、約80メートルの素晴らしいトライ。ウィングのように全力疾走し、ピチョットが一瞬引き継ぎ、それから再びスザルゼヴスキーがトライを挙げにいった。スタッド・フランセは29-15でトゥールーズに勝利。以下インタビュー。

Q: スタッド・ドゥ・フランスの8万人の観客の前で、君のチームのファーストトライを挙げる。君はそれを夢見ていた?
「素晴らしいムードだよ、もちろん。スタンドはチームカラーの青一色で、8万人のサポーターがチームを応援する。なんて嬉しいんだろう、まだ信じられない、まだ鳥肌が立ってるよ。この震えは何なんだ!夢が現実になった。それに、ウォーミングアップ中のカラオケやチアガール。僕がいるのはベジエのスタッド・ドゥ・ラ・メディテラネじゃないんだ。それからすっかり頭を切り替えて、試合に入ることもできないといけないね」

Q: 君のトライについて話してくれる?
「穴が見えて、それが開いた。僕はボールを拾って、“ピック・アンド・ゴー”をした。振り切ったけど、サポートが足りないのが分かったから、様子をみた。ピチョットが僕のところに来ているのが見えて、彼はすぐボールを僕に戻し、それから僕がトライに行った…そこから先はよく覚えてない…」

Q: あのトライは、君のチームにとって決定的に見えたよ。
「決定的だったかは、僕には分からないな。何より、チームは完璧に試合に入って、いいゲームをしたと思う。前に出て、試合を制し、ボールポゼッションを握った。あのトライは1つの結果でしかないよ」


【“deux frères”、スザルゼヴスキーとニヤンガ】
今も代表のチームメイトであるヤニック・ニヤンガとは、兄弟のように深い友情で結ばれている。リセ・ジャン=ムーランのポール・エスポワールでデビューしてから、共にベジエを離れるまで、彼らはずっと一緒だった。一緒に生活していたこともある。
トゥールーズ戦では、スザルゼヴスキーが交代で下がった10分後にニヤンガが入り、両者の対戦はすれ違いになった。
「対戦相手としてニヤンガと顔を合わせるなんて、何だか変な感じだったよ。特にこんな試合では」


【05年秋のテストマッチ】
代表の秋のテストマッチの間、ラポルト監督は若手や代表経験の少ない選手にチャンスを与えようと試みた。10月末、ラポルトが発表した対オーストラリア戦(11月5日)のスターティングメンバーの中に、スザルゼヴスキーの名前もあった。

「持てる力を尽くさなければならない。典型的な例がスザルゼヴスキーだ。彼はよく働いて進歩した」とラポルト。代表のスタッフは、フィジカルテストの結果がチームで一番だったスザルゼヴスキーのコンディションとリーグでの好調を評価。フロントファイブにスピードとパワーをもたらすことを期待した。
フランス代表はこのオーストラリア戦に26-16で勝利。そして11月26日の南アフリカ戦では、スザルゼヴスキーは開始早々の3分に、ニヤンガからボールを受けて代表での初トライを挙げ、チームを軌道に乗せた(試合は26-20で勝利)。以下レキップのインタビュー。

Q: ディミトリ、君は1年で順位表の下位の無名選手からフランス代表、そして今はスタッド・フランセの一員としてタイトルレースを戦っている。自分に起きていることがちゃんと分かっている?

「もちろん分かってるよ。そのとおり、僕に起きていることはどれもトレ・ビアン。でも、のぼせ上がっちゃいけない、明日のことなど分からないんだ。一気に駆け上がることはできる、けど、落ちるのだってあっという間だ。だから、いつでも自分を見つめ直す必要があるんだよ。僕はよく働いてきた。フィジカルの面でも、戦術的にも。その努力が実ったんだと思うよ。でも、僕は決して満足しないタイプの人間で、いつでもより以上を目指してる。今のところはこのやり方でうまくいってる。だからこんなふうに続けて、道を開いていくつもりだよ」

Q: 君は土曜に、再度オーストラリアと対戦する。この試合にどう取り組む?

「何より、最後に勝利を挙げられればと思う。僕はブリスベーンで負けたことを忘れてないし、みんなそれぞれに雪辱を期している。でもオーストリアも、苦しかったトライネイションズの後で雪辱を期す思いは同じだ。彼らは何としても、自分達のレベルに戻ったことを証明しようとするだろう」

Q: ドゥヴィリエ、ミルー、そして君で構成されるフランスのファーストラインはまったく初の試みだ。君はどんな準備をしている?

「まず何より、このファーストラインが不慣れなのは当然だよ。僕は代表チームに来たばかりで、あんまり代表経験はないんだ!オーストラリアみたいなチームと対戦する時には、もちろん不安はある。でも、それを活かしてさらにいいプレーをし、試合に打ち込むことも可能なんだ」

Q: 君はフランスラグビーの新たなアイドルに見える。そのことでどんな影響がある?

「確かに自分のことが話題にされるのは嬉しいものだよね。たとえ僕が、自分の話があまり好きじゃないとしてもね!でももういっぺん言うけど、僕は頂点に到達したわけじゃないし、すべてはいい方にも悪い方にもにもたちまち転ぶかもしれないことも分かってる。だから、そういうことは一切気にかけないようにして、一生懸命働き続けるよ」

Q: 期待のプレッシャーは重過ぎない?

「明らかにプレッシャーはあるけど、他の多くの選手だってそれは同じ。でもね、不安があって当たり前だし、できるだけ競争力を備えているように、プレッシャーを利用してみるつもりだ。自分のやるべきことは分かってる。できるだけよくやることをやるように努めて、あとのことはなるようになる」

Q: 君はこの何ヶ月かでステージを越えた。そして今は、フィジカルテストのおかげで、代表のスタッフから模範として挙げられている。代表で認められるために、いいカードを手にしていることを意識している?

「努力して結果が出て、代表監督から誉めてもらえれば、それは確かに嬉しいことだね。さらにモチベーションが上がって、もっともっとトレーニングに励みたいという気になると思うよ。だから、僕はこんな考え方でやっていく。考えをしっかり持ってね」

| | Comments (0)

« March 2006 | Main | May 2006 »