« January 2006 | Main | March 2006 »

2006.02.23

それもパリ、それもフランス

この内容で負けるなんてなー、ルマン戦。パリは人に思索を強いるクラブだ、それもパリだ。というか外で猫がすごい勢いで発情してるんですけど。

トリノ五輪で普段は全然縁のない競技をいろいろ見ていると、それなりにいい気分転換になるもので、ちょうどフットボールを見始めた頃、家族にあれこれ質問しながら中継を見ていた感覚を思い出します。今にして思えば、あの頃が一番楽しかったんじゃないかなあ。ルールも何も全然分かんないけどホッケーオモシロカッタ。どうもこう荒っぽいのが好きみたいだ。

で、ラグビーが見たいなあと思うんです。私はタダ見はしない主義なので(前エントリ参照)、海外代表の試合は基本的にフランス寄りです。シックスネイションズは初戦でスコットランドによもやの敗戦を喫しまして、集中して臨んだスタッド・ドゥ・フランスのアイルランド戦は、立ち上がりからゲームを手中にして後半7分までに43-3とリード。圧倒的じゃないか我が軍は。しかし余裕ぶっこいて選手代えすぎたらその後あれよあれよという間に崩れてしまい、タフなアイルランド魂を前に「えっこれひょっとして逆転で負けるの??」という驚きの展開になりました。どうにかこうにか逃げ切りましたが(43-31)。それもこれもフランス、なのかな。

フランス代表は25日にイタリア戦がありますが、ディミトリ君は棄権。どうやら怪我をしているようです。アキレス腱…を切ったとかそういうんでなく、多分アキレス腱滑液包炎とかいうやつではないかと思うんですが、痛くてスパイクが履けないみたい。早く良くなってね。
3月12日にはJスポーツでイングランド戦の中継があります。前のワールドカップの時はたしかここにやられました。なんかもう終始ドッカンドッカンイングランドのキックで勝負が決まってしまい、どシロウトの私の目にも「こんなんありか」という…いやそれ以上に「やっぱりどこまでもイングランドだ…」と思ったな。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

2006.02.13

カモン・フィール・ザ… (Sufjan Stevens)

ここのところイマイチこう低調なんでして、何を書いてもどうでもいいような気がするとか、事実どうでもいい話なんだよなあとか、サイトを続けているとそんな時も周期的にある。なにかしら変化が必要な時期というのがあって、しかしこれ以上コンテンツを広げたらサイト自体が維持できないわけで、まあ大体こんな時に考えることは、
1 サイト改装
2 サイト移転
3 デリって逃げる


…サイトトップページをプチ改装。デスキャブはあえなく1ヶ月足らずの命でした。シンプルでそこそこいいセンスだと思うけどデザインとしては若干弱。私ネオン・パークのリトル・フィートとかの濃いい仕事がわりと好きなんですよ。
新しい画像は最近うっかりハマったSufjan Stevensの“Seven Swans”です。いやはっきり言って名前の読み方すら分かりません。スフィアンですか?? 音の方もフォーク…と言っていいのか、曲によっては意外と、チェリー・レッドやラフ・トレード全盛期の雰囲気を思い出したりします。

illinoise←こちらはスフィアンの最新のアルバム(多分)で、タイトルは“Illinoise”。Come on feel the ILLINOISE(…)。ジャケットのアートワークでオッと思ったら、大体そんな音。ナイーブでちょっと変というやつです。アルバムのテーマはすばりその「イリノイ州」。既にミシガン州のも出してます。噂によると、50州全部やるつもりらしい。何その壮大なプラン。
曲は半端なくいいんだ。ポイ・ドッグ・ポンダリングみたいな大所帯かと思ったら、1人で大部分の楽器をこなしてる。素朴に聴こえますけどこれは怪しいですよ。22曲も入って激しくお買い得なので、全国の未聴のシンガーソングライター好きは、目頭を押さえながら千円札2枚と小銭を握りしめてショップにGo。ボーカルの声質が似てるというだけで、あえて大胆にもDCFCのファンにもおススメする。いろんな意味で軽くイっちゃってる気配がなきにしもあらずで最高です。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2006.02.11

訃報

富樫洋一さんがCANの取材中にエジプトで亡くなったと聞いた時は驚きました。アフリカンフットボールにお詳しく、フランスリーグの中継でも取材体験談などを交えながら解説をなさっていらっしゃいました。自分は先日エインセブログの記事を書く都合で、富樫さん解説のPSGの試合で実況アナとのかけ合いを見直していたばかりでした。

「ソリンが3月4月の月間MVPになったそうですから、ちょっと注目ですね。キレキレっていうことですね今ね」
「はい」
「…ソリン…が入ってる状態ですね」
「そ、それは…」
「キレちゃって」

殺伐とした批判が飛び交う昨今のフットボール批評の世界で、あの方なりのアプローチでフットボールを見る楽しさをお伝えになっていらしたように思います。心からご冥福をお祈りいたします。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2006.02.02

ビザール・ラブ・トライアングル(映画“バッド・エデュケーション”)

DVDを買ったまま、なかなか見る時間がなかったペドロ・アルモドバルの“バッド・エデュケーション”を見た。過剰な色。でも映画が半ばまで進んだところで、ああこの鮮烈さはデイヴィッド・ホックニー的なあれじゃないかな、とふと思ったのだった(そういや今はどうなってるか知らないけど、ホックニーのカリフォルニアの自宅は原色の青と赤に塗られてました)

この映画の中でとりわけ印象的なスイミングプールのシーンを見ていて、まず思い出したのはホックニーの絵“ある画家の肖像(二人の人物のいるプール)”だった。背後に山並みを見晴らすプールで、水中を泳ぐ男と、覗き込むようにプールサイドに立つ赤いジャケットの男(モデルはホックニーの恋人だったピーター・シュレジンジャー)。アクリルのクリアな、やや空々しい発色。

描かれた2人の人物の間にはただならぬ感情のやり取りがあるようにも見えるし、一方で両者はまったく何の関係もなく存在しているようでもある。それも道理で、この絵は時間も場所もモデルもばらばらに撮られた写真を組み合わせて描かれている。ホックニーのポートレイトには多かれ少なかれそういうところがあるのだけれど、描かれた人物達の奇妙な関係は、時々ピエロ・デラ・フランチェスカやフラ・アンジェリコの宗教画の雰囲気を思い出させる。

“バッド・エデュケーション”の主人公の2人の青年が、それぞれの真意は隠したまま、様々な思惑と感情が交錯するスイミングプールのシーンは、単純にガエル・ガルシア・ベルナルが泳ぐ姿がこの絵によく似ているからだけじゃなく、その不自然で不穏な関係性においても共通しているように思う。“ムーン・リバー”をバックに、神学校の少年達が川で遊ぶ場面の、エロティックで歓喜的な‘スプラッシュ’はこのシーンには見られない。それぞれの感情は水底に沈みこんでいくばかりだ。

物語は“訪れ”の劇中劇とその中で語られる少年時代の記憶という、フィクションと(劇中の)現実が幾重にも交錯し、登場人物達の関係もまた奇妙だ。彼らは相手を愛しているのかもしれないし、いないのかもしれない。
エンリケはどこまでアンヘルの「観察者」だったのか。イグナシオにバッド・エデュケーションを施したというよりはむしろ翻弄される者にも見える神父は、フアンを通じて既に実在しないイグナシオのイメージとも情交していたのではなかったか。兄の名を騙りサハラの役を演じたがったフアンは、兄のかつての恋愛の相手と関係を持つことで、エンリケを利用しようとしながら実は自らを罰していたのではなかったのだろうか。

そして、サハラの死を演じ終えたフアンは号泣し、イグナシオとエンリケの記憶は、エンリケが最後にイグナシオの希望(彼は生まれ変わった体で初恋の相手と再会し作家として人生をやり直したかった)と死の瞬間を記した手紙を手にした時に、ある意味での(逆説的な)「成就」をする。

ホックニーの絵の参考画像は掲載できないのだけど、David Hockneyと原題“Portrait of an Artist(Pool with Two Figures)”あたりで画像検索をかけると出てくるかと思います。ホックニーにはジャック・ハザンの撮った半ドキュメンタリー的な映画(邦題が嫌い)があって、ここでもスイミングプールと裸の男達のホモセクシュアルなコードは反復されています。ただ、随分前に見たので記憶が定かでない。
それより何より、この映画が子役のバッド・エデュケーションになってやしないかが心配だ。しっかり育てよ子役。フットボールのシーンで一瞬地の子供の顔になるのがかわいかった。それにしてもDVDのパッケージのデザインはこれでいいのか。

| | Comments (8) | TrackBack (0)

« January 2006 | Main | March 2006 »