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2005.10.31

心のクラブ

負ける時はこんなもんどす。それにしても、降格ラインでも見えてこないうちは大した危機感を抱かなくなっている自分もいかがなものか。

ああそういえばPSGの今季の選手リストも作ってなかった(遅い)と気づいて、あせって更新。時間があればコメントなどもつけたいけどもう11月だし、ひとまず形だけでも、ということで。いい顔の画像を使いたかった。ピショ、メンディ、シセ、カルー…笑顔の写真はそれぞれ人柄が出ていて面白い。ロテンは…ちょっと不敵な士郎正宗顔(?)。

フルニエが監督としては久々の常識人だったため、現在パリの舌禍担当はもっぱらロテンになってますが、いや実際、パリに来るまで彼がこういう人だとは知りませんでした。キャプテンマークを巻く資格もある選手かもしれないけど、試合後の会見のたびに事件じゃたまらん。
ロテン自身は先日のインタビューで、プレスが報じたエムバミとフルニエ監督、そして他の選手間の緊張について認めた上で、「それでも僕達は本当に1つのチーム、真のチームになっていると思う」と言っていましたが、ここ最近チームの成績もイマイチぱっとしないし、そろそろ何か一発ドカンときそうでドキドキします。

私は大抵、ニュースの更新は読んでびっくりした勢いで上げてるんですが、まあその意味では彼のコメントはなんだかんだ言いつつ率直で面白い。「何と思われようと言うべきことは言う、偽善者にはなりたくないから」なんて、馬鹿な生き方をしてるのかもしれないけれど、私自身はそういうタイプがわりと嫌いじゃないです。なんつうかロックだ(違うか)。

感情の表現がストレートで、パルクの観客を煽る姿は、パリの魂エインセ去りし今、やっぱりちょっとぐっとくるものがある。以前カンデロージュで、サポーターとカメラ付き携帯の写真に収まるロテンの画像を載せたけれど、パリサポーターにとっては共感できる身近なスターというところでしょうか。かつてはロテン自身がそうやってパリのスター選手達を追っていた。

彼は同じインタビューで、PSGがフランスでの最後のクラブになるだろう、と言ってる。
「僕はここで生まれてここで育った。パリはいつだって僕のクラブだった。他のクラブにいた時でも、いつでもパリの結果を追ってたよ。いつか国外でプレーすることを考えるかって?かもね。でも、本当に今日明日って話じゃないよ。いずれにせよ、僕はもうフランスの他のチームではプレーしないだろうな」

移籍については、彼がインテルみたいなビッグクラブのオファーを全部蹴ってパリに来た時には、「ほんとにそれでいいんでしょうか」と思ったし、最近はパリも「今季も駄目かなあ」的な雲行きになってきたし、彼のような選手にはやっぱりタイトルが必要だ。私には、パリの選手達にここにいてほしいと思うと同時に、もっと上を望ませてあげたいという相反した気持ちが常にある。それでも、どこに行ってもきっと、彼の子供の頃からのPSGとの幸福な記憶は変わらないだろう。

この夏、OMがそのロテンの獲得を狙っているなんてニュースがありましたが、昨今は殺伐とした移籍の話題が続いて、マイヨへの愛って何よ、という…なんというか、私自身もフットボールに対して、どこかで醒めちゃった部分があるような気がする。
昨年の秋頃のニュースだったか、OMの大株主ドレイフュスが、こともあろうにパリからエインセを獲得するようにOM幹部をけしかけていたなんてことを、ドレイフュス自身がマスコミにしゃべっていた。この調子だとまだまだ何があるか分からないなと思っていたら、この夏はサポーターの信頼も厚かったサナがOMに移籍した。もしこの先ロテンに万が一のことがあるようなら、フットボールにはもう夢も希望もないよなあ、と思う。本当に。

そう言えば、最近までフィオレズがカタールに移籍していたことさえ知らなかったんだけど、彼は昨季の終わった後で、「パリは僕のクラブだ」と口にしたんだそうだ。

rothencdl

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2005.10.28

忘れてた

読書日記を2本書いたところで、肝心の本の説明をほとんどしていないことに気がつきました。アハハ…。私も説明的なのってあんまり好きじゃない。

「集合住宅物語」は首都圏の代表的な集合住宅を、人々の生活もまじえて記録した書。
多田由美の「灰になるまで」は短編の選集、アメリカの孤独な人達の物語。「YUKIKAZE」は神林長平のSF小説「戦闘妖精・雪風」のコミック化、特殊戦闘機「雪風」のパイロットの話です。

多田さんの絵には独特の、痙攣するような感覚があって、そういう部分も含めてロックだなあと思う。ロバート・ロンゴも基本はロック。米モダンアート・シーンの人で、「JM」とか「アリーナ・ブレインズ」(マイケル・スタイプが出てる)、ニュー・オーダーの“Bizarre Love Triangle”のプロモ・ヴィデオといった映像作品も撮っている。

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2005.10.27

ラブ・ミー、プリーズ・ラブ・ミー

なおも読書日記。多田由美のコミックスを何冊か。

“Men in the Cities”のロバート・ロンゴの、「僕の作品はどれも“動きが取れない”というフラストレーションが基調になっている」っていう言葉を思い出す。不思議な温度。絵の表現は厳しく抑制されているのに、登場人物達はあられもない、と言ってもいいくらいに孤独で寂しく、寄り添う人を求めている。
でもそこには、アメリカ文化のある種のセンチメンタリズム、例えば※スティーブン・マルクマスが奇妙にねじれたユーモアで周到に回避しようとする「それ」に陥ることを、ぎりぎりで免れている、切実さがあるようにも思う。

動きを表現する動線とか効果音とか、そういった記号は一切使われていない。『雪風』などは、原作を知らないので設定がよく分からないところもあるんだけど、それはそれで多田由美の表現になっているんだろうと思う。多分、説明的になるのが好きじゃない人なんだな。おそらく、SFというよりは登場人物の心理描写に重きが置かれている。
大体一般的に、文章表現とヴィジュアルな表現は全くの別物だということが分からない人が多すぎる。再現じゃなく、再構築、でしょう。

みんな寂しい。『冬のセーター』で最後に1つに寄り添う兄弟は、ゴッホと弟テオのイメージだろうか。

「灰になるまで」 多田由美(河出書房新社)
「YUKIKAZE」 神林長平原作、多田由美(早川書房)


※ペイヴメント“Shady Lane”の日本語対訳の、「君が凍えて泣いている姿はなんて美しいんだ」という部分、曲を聴かなくてもなんとなく、誤訳じゃないかな、と思ってしまうのは、マルクマスが「凍えて泣いている」君は美しい、なんてセンチメンタルな歌詞を書くわけがない気がするから。
you're so beautiful to look at when you cry freeze. Don't move...ではなくて、you're so beautiful to look at when you cry. Freeze, don't move...、か。

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2005.10.25

お知らせ

リンクのページを更新しました。ACミランのファンでいらっしゃり、ガブリエル・エインセもお好きなsolaさんの、とても楽しいサイトです。

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秋なので

なんとなく読書日記。

建築は好きだ。「集合住宅物語」(植田実著・みすず書房)にとりかかる。集合住宅の、何世帯ものさまざまな生活を収めるシステムとしての建築は単純に面白いし、時代の生活の意識が個人住宅よりも如実に表れたりする。
私は2歳くらいまでを田舎町の町営住宅で暮らしたのだけれど、道沿いの少し下った所に同じ形の棟が並んで、小さい頃からボンヤリしていた自分は、よく間違えて隣の家の玄関を開けていた。よく覚えていないけれど、住宅の人達は一番小さい子供の私を可愛がってくれていたらしい。家庭は裕福ではなかったけれど、あの頃は幸せだったと母は言っている。そんな記憶がある。

古い集合住宅に興味をひかれるのは、建築に影のように重なる人間の生活の痕跡、重層的な時間といったものに対してでもあるのかもしれない。時に亡霊のような。
80年代を中心とした局地的な路上観察ブーム、いわゆる「トマソン」というやつだけれど、あれは過去の人々の生活と、そして現在の不在の狭間に立ち現れる町中の残像の記録といえばそういうものだった。その物件の1つに、有楽町線麹町駅の構内にベンチ状に並んだ10脚の椅子があり、その背後の壁に、入れかわり立ちかわり腰掛けた人の頭や肩にこすられて、あたかも10人の幽霊が座っているかのような跡が浮かび上がっているものがあった。ボルタンスキーだ…。確かにここにいた人達の、でも、とても不確かな記憶が。

話がそれてしまった。この本で、同潤会アパートから代官山ヒルサイドテラスに至る集合住宅を撮影している鬼海弘雄の写真もいい感じ。
建築写真は時に、そのフォルムを超えて、そういった漠然とした郷愁に結びついてしまうことがあるように思う。ベッヒャー夫妻の給水塔ばかりを撮影した写真集を持っているのだけど、彼らの建築物の写真を並列したタイポロジーのモダンアート作品は別としても、こうして写真集を見ていると、厳格に感情的な要素を排したはずの作品が、図らずも車窓の記憶という意識の一番柔らかい部分に触れてくることに気づいたりもする。
杉本博司の念写写真みたいなピンボケの建築写真シリーズは、建築の本質を焼き付けるという点では、だからきっと正しいんだと思う、けれど。

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2005.10.17

そんな時は猫に聞くのだ

ふぅーとため息をついているような時、猫はいつも「わかった顔」をしてる、というのは、私が熱烈に愛読している雑誌「猫びより」で松本英子さんが連載しているエッセイと4コマ「ネコサブレー」(好き)から拝借。

お恥ずかしい話ですが、私も実家の猫にたまに人に言えない弱音を吐いたりしますし、これがまたじーっと聞いてくれるんです。
以前、父があまりに偏屈なことを言うので、猫にうっかり「噛んでいいから」と言ったら本当に父の足を噛みました。猫と父がいっぱしの口げんかをしてるのを見るにつけ、本当は猫は人間の事情なんか全部分かってて、ただ人間がそれに気づいてないだけなんじゃないかという気がします。
いやきっとそうなんだ。

猫は声をかけても愛想がないとはよく言われるけど、無視しているようでも、よく見るとしっぽの先で挨拶していたり、背中をピクピクっとしたり、聞いてるよーというように耳だけこっちを向いていたりします。人間は自分達のやり方が絶対だと思い込みすぎじゃないかと常々思う。

Cat10p

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2005.10.10

ヴィクトリア (The Fall)

先日mikiさんのブログにおうかがいした時にmikiさんとお話したことなのだけれど、あるミュージック・シーンの音楽が、その町の印象に与える影響は結構大きいのではないか。
つまりマンチェスターというと、行ったことのない自分には何となくザ・スミスの“Manchester, so much to answer”的なものとか、あるいはいわゆる“マッドチェスター”のイメージの刷り込みが強烈だし、例えばシェフィールドといって個人的にダイレクトに思い出すのは、市民の皆さんには「すみません」としか言いようがないけどアレだ、ミスター・ホルモン、ジャーヴィス・コッカー率いるパルプの“シェフィールド・セックス・シティ”。むっとする街をさ迷い絶望的な性的妄想を垂れ流す、あえぎ混じりの8分32秒。

マンチェスターも近年は景気がいいようで、mikiさんの観戦記によればかの町も再開発が進み、サッチャー政権下のステレオタイプ的なイメージ(いや私だけか)で行くと肩透かしをくらうようなのだけど、UKの音楽シーンに最近それほどのパワーを感じないのは、案外こんなところに原因があるような気もする。


話は変わりますが、実を言えば“マッドチェスター”ムーブメント華やかなりし頃、あまりのメディアの喧騒に、私はもっぱらアメリカに避難していました。そんなわけで、一部を除いて、この頃のバンドはそれほど聴き込んでいなかったりする。ええ天邪鬼なんです。
で、個人的にマンチェスターのバンドというと、なぜかザ・フォール。スミスはスミスでもマーク・E・スミスなんである。

ザ・フォールというと、悪意的に単調なギター・リフをバックにおっさんが毒づいてるだけのシ(イ)ロモノに聴こえるかもしれないが(事実そう)、実際、シーンに及ぼしてきた影響はとんでもなく大きい。
マンチェスターのバンドでマイ・ベストイレブンを選出するならば、ザ・フォール孤高の1トップ。これです。

(以下妄想) 主力FWの負傷により、ベテラン久々のスタメンながら、動きの怪しい中盤、瞳孔の開ききった最終ラインの前で孤立しまくり、やる気なさそうにフラフラしながら、誰にも聞き取れないスラングで悪態をつくマーク・E・スミス御大。
後半60分、※左SBインスパイラル・カーペッツからかろうじて上がったぞんざいなクロスを、なんだよこりゃあ俺はアル中なんだよ、と、後足で砂をかけるかのような挑発的なヒールでゴール。歓喜に湧き上がるスタンドに向け、おっさんはやおら拡声器を手にして「こんな大人数の馬鹿どもを見たのは生まれて初めてだ!!!」。こんなおっさんだがインテリである。酔いの回った75分、主審を殴って退場。

先日のCLで、ルーニーが主審を挑発して退場になった場面は記憶に新しいけれど、こういった話が紙面を飾るたび、ふと考えてしまうのはイギリスの階級社会のことだ。
もちろんイギリス社会の現状にはまったく詳しくないし、選手達がどのクラスの出身かも知らないのでいい加減なことを言ってはいけないけど、ワーキング・クラスの反骨的なメンタリティといったようなものを、イングランドフットボールの世界から感じることがある。


※マーク・Eがインスパイラル・カーペッツと共演したシングルがあったんだけどタイトルは忘れた。あやふやな記憶によれば、おっさんは散々あの辺のバンドを叩いてたはずだが。
そういえば家のどこかに、マーク・Eとニック・ケイヴとシェーン・マガウアンの戦慄の3者対談の載った音楽紙があったはずなんだけど、見つからない。


<今日の音楽日記>
フランツの新譜を聴く。重要なような気もするし、どうでもいいような気もする。
もうちょっと聴いてみるけど多分1stの方がいい。

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2005.10.05

ハアハアしました

PSG対ナント。今日は一日ソワソワした上に、ギャーギャー騒ぎながら見ててかなり疲れました。エインセのインタビューの訳の精度が大変心配です。もう寝る。しかしなんで観客席にブライダ(多分)がいるんだろう。しかも携帯なんかかけてんだろう。

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2005.10.03

肉じゃがの味

いつだったか中央線の窓から、よく晴れた空のごく低いところに、ポッポッと等間隔に浮かんだ小さな雲の列が南北に伸びているのを見たことがある。変わった雲だな、と思っていて、後日何気にタクシーの中でツレとそんな話をしていたら、運転手さんが、「多分ねーそれはカンパチ雲」と言う。うっかり「寒八雲」と変換してしまったので、なんとなくちぐはぐな話になってしまったんだけど、それはカンパチでもイワシでもなく「環八雲」、環状八号線の上空に時折発生する、のどかな光景とは裏腹の大気汚染雲らしい。
毎日ラジオをかけながら、いろんな人を乗せてタクシーを走らせている運転手さんは、いろんなことを知っているのだった。そのわりに道を知らないのがちょっと困る。

先日、食料買出しの遠征帰りに乗ったタクシーの運転手さんは、私の大荷物を見て「買い物袋って重いんだよねー」としみじみ言った。これは話の分かるおっさんだと思い話してみると、最近リストラでタクシー会社に転職したということで、今は働きに出ている奥さんと交代で夕食を作っているのだそうだ。それまで台所に入ったこともなかったけれど、男性特有の研究熱心さで、「お父さんの料理は一味違う」と言われるのがモチベーションらしい。
おいしいカレーや肉じゃがの作り方を教えてもらった。鍋に引く油に、肉を買った時についてくるラードを使うのがミソだそうだ。もちろん市販のチューブのラードなどではいけない。

後日、言われたとおりに肉じゃがを作ってみたのだけれど、もともと自分の作るものは油ひかえめなこともあり、それほど劇的な味の違いは感じなかった。というか、家族に「お父さんの肉じゃがはおいしい」と言わせているのは、単に油の違いのせいだけではないとみた、などと、ちょっといいことを言ってみる。

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