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2005.06.27

テイスト・オブ・チェリー

ベルナール・フォコンの写真の中でも、2体の少年のマネキンがサクランボを摘み取っている、空の青と緑の枝と赤く熟した実のコントラストが鮮烈な作品はとりわけ印象的なひとつなのだけど、サクランボの季節というのは毎年たちまち過ぎてしまうので、春の狂乱の記憶でもある旬のサクランボを食べるのは、大げさに言えば、ああまた1年生き延びたのだという命の証明みたいなものだ。
「俺のいのちのともしびの」(深沢七郎「いのちのともしび」)ってやつか。そういえば、毎年フットボールの新しいシーズンが始まる時にもそんなことを考える時があるから、これもまた、「あッ、そうだ忘れていたけどこれも俺のいのちの」なのかも。

随分前に見た映画なので記憶が正確ではないかもしれないけど、アッバス・キアロスタミ監督の映画に、「桜桃の味」という作品がある。主人公の男が、これから自分で掘った穴の中で自殺をするから、次の日の朝遺体に土をかけてくれる人を、車を走らせながら探していく、という話。
荒れた崖道を行く車、雷や風の自然の物音、突然差しはさまれる撮影スタッフの映像など、いかにもキアロスタミらしい。校庭を走る子供達のサークルなど、反復や循環のモチーフが繰り返し表れるのは、自殺を決意した男と対比する、日常という名の人生の比喩であろうと思われ、最後に車に乗せた初老の男が主人公に語る四季の話に連なっていく。

そういえばこの映画についてキアロスタミと対談した時に、淀川さんは、「僕、死のうと思ったとき、星と月を見たらね、死ぬことが嫌になったのね。こんなきれいなもの誰が作ったか、そう思うと死ぬ気がしなくなっちゃう。この映画の中で、サクランボだったか桑の実か、食べたら甘いから死ぬのをやめたというところが好きなの」、そんなことを語っていたのだっけ。

ラストシーン、主人公がどうなったのかは定かにしないままに、物語は「これはフィクションです」といった感じの撮影現場の映像(しかしこれもまたフィクション)で唐突に断ち切られるのだけど、物語は既に語られてしまったのであり、「次の日の朝」のエピソードは必ずしも重要なものではないのだ。

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2005.06.26

6月の最後の週

すべては夏に始まる。
夏は降りてゆくことのできる底辺とよりかかることのできる支柱を持っていて、
人は郷愁から遠ざかる推進機を新たに作動することができる。
ひとつの愛が、ひとつの作品が、夏に始まる。
ぼくは6月の最後の週の狂気が好きだ。
ぼくの映像は夏の灼熱からゆっくりと生まれ出てくる。
       -ベルナール・フォコン Bernard Faucon 「飛ぶ紙」

ベルナール・フォコンの写真集を、毎年この季節になると何となく取り出してみる。マネキン人形を配して撮影された写真は、彼の少年期のパーソナルな記憶に基づくものでもあり、同時にもうちょっと普遍的な記憶の本質に連なっている。
夏の記憶が、あらゆる記憶の中で最も鮮やかなのはなぜだろう。フォコンの写真の正方形の中に溢れる光線とその既視感に少しくらくらしながら、そんなことを考えた。

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2005.06.22

猫に間をもたせてもらおう

Cat2p

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2005.06.07

監督受難の時代

オセールの名物監督、ギ・ルーが監督を引退とのこと。ギ・ルー監督はハリロジッチ解任の時も、何人もの監督がシーズン半ばで職を追われた昨季の状況を憂えていらした記事を見かけた記憶がある。そんな思いも引退を決めた理由の中にあるのかなと思ってしまった。嫌な時代だね。

さてそのハリロジッチ。フランスに三たび裏切られたイスラム教徒のボスニア人監督は、自分はこの国では“indesirable”(好ましくない人、入国を許したくない人物)なのだと言っている。解任後沈黙を守っていましたが、「もうスケープゴートになりたくない」とFF誌に口を開いたとのこと。以下はAFPの要約からコメント部分を抜粋したものなので、必ずしも原文のままではないかもしれません。

「フランスで私は“indesirable”になってしまった。今では私はうってつけの罪人だ。しかし私は職務をまっとうしたという誇りを持って、頭を上げてPSGを去った。私と共にPSGはフランスカップを勝ち取り、チャンピオンズリーグに出場したのだ。経営状態は安定している。君達はいつか、人々が私を惜しむのを見るかもしれんな」

「私は、自分とグライユの追放は計画されていたのだと気づかなければいけなかったんだ。見かけに反して、私はお人好しなんだよ。不安定な複合企業に向き合うほど強くはなかった。実際、あれはミッション・インポッシブルだった。至るところに罠が仕掛けられ、裏切りが伝えられたのだからね。チーム内の危機の原因を読めなかった。ボーナスの額や、何よりフィオレズ事件。サポーターとの無駄な軋轢。選手達はショックを受け、トラウマを受けていた」

「もうスケープゴートにはなりたくない。ある者達が私にうまく押し付けた、フットボールの偏狭な権威主義者という偽りのイメージに、もう我慢はしない!何らやましいところはない。私は何も悔いてはいない」

確かに今時どうよってくらい厳格な監督だったけど、ハリロジッチの「独裁者」のマス・イメージは、多くの人間の保身や私欲に利用されすぎたように思うし、彼はそれに対してあまりにも無防備だった。FFの記事はまだ見ていないので、ハリロジッチがどういう意味で「計画された追放」と言っているのかは分かりませんが、いろんな話を総合すると、カナルプリュスがどこまで外部の人間であるグライユの長期政権を望んでいたかは定かでない。

グライユの突然の解任は、なんだか妙だという気がしたのも事実。イメージを売るカナルプリュスが、サポーターが抗議を続けるスタジアムの映像に神経を尖らせていただろうというのは確かにある。ただ、そのしばらく前からグライユとカナルプリュスは株の買取についてゴタゴタしていて、ビジネス話はサッパリな私の無責任な憶測にすぎないけれど、結局カナルプリュスにとってグライユはいい取引相手じゃなかったってことなんじゃないのかなあ。

サラっと流されてはいるけど、このニュースってどうなんだろう。先月26日付、有名眼鏡メーカーを経営するボルドーの元会長、Alain AfflelouがRMC-Infosで、「PSGの再建に興味がある。もし筆頭株主に売る気があるなら」と語ったという。

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