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2005.04.08

カート・コバーンの記憶

カート・コバーンが亡くなって、もう11年になる。
グランジなんてブームはもともと音楽業界とメディアが作り上げたようなムーブメントだったけど、突然シーンの中心に投げ出されたカート・コバーンは、その中で生きていくには繊細すぎる人だった。彼の遺書の内容は、もう音楽に情熱を感じられない自分に罪悪感を覚える、これ以上ファンを騙したくない、でもできるかぎりのことはしたんだ、というようなものだったそうだ。

当時つけていた音楽感想メモを、久しぶりに引っ張り出して読んでみた。以下は、彼が亡くなる半年くらい前からの部分を抜粋したものです。今読み返してみると、青臭せェ、と思う部分もあるし、公開を前提として書いてないので読みにくい部分もあると思うけど、あえてそのままで。


93年8月2日
アルビニ・プロデュースのニルヴァーナのニュー・アルバムは、伝えられていたとおり、ゲフィンもお手上げの自滅的にアンチ・コマーシャルな作品に仕上がってしまったらしい。
当然のごとく巷の評価も真っ二つらしいが、彼らに次代のロック・スターなどという期待をかける方が悪い。


10月16日
ニルヴァーナのニュー・アルバムは、少なからずカートがヤケを起こしたらしいという前評判のわりには、思いのほか反動的というのでもなかった。というか、かなりの部分で“Nevermind”を継承しているのだが、確かにシングルカットできそうな曲は少ない。
たまに“Smells like teen spirit”を思わせるような曲があったかと思えば“Rape Me”なんてタイトルだったりして、ファースト・シングルカットが“Heart-Shaped Box”というのは、ゲフィンの煩悶ぶりがありありと感じられるものだった。

多くの本気のニルヴァーナ・ファンがこのアルバムに失望することはないだろう。というのは、これはあくまで期待されるニルヴァーナ像そのものだからだ。
前作の大ヒットにうんざりした結果、カートがニルヴァーナの魅力であったある種のポップ性を意識的に抑制したようなのは残念だけれども、“Nevermind”の後に来るのはやはり、この“In utero”でなければならなかったんだろうと思う。


10月26日
後半やや崩れてくるものの、ひりつくような緊張感は最後までダレることなく、聴き手を飽きさせない。曲も良い。あえてエモーションを内側に押さえ込んだことが、曲にこれまでにない深みを与えているようだ。
アルビニのあまりにもあんまりな録音に匙を投げたらしいカートが、リミックスに起用したのがスコット・リットだったことからも推測できるように、彼らの本質的な部分が実はREMあたりのバンドとかなり接近したものであることがあからさまに表れた曲もある。
猛々しいノイズの背後に、はかなくも美しい色彩をたたえた、現時点では彼らの最高傑作といえる作品だと思う。


10月27日
“Nevermind”のヒットはちょっとしたハプニングのような唐突な印象だったが、彼らの音楽には確かにある種の華がある。キャッチーであるということがまるで他のバンドに劣ることであるかのように言う人もいたけれども、それはあまりに偏向した考え方だ。
一方「売れたら駄目だね」というアルビニは、レーベルとしてはかなり我慢強い方かもしれないゲフィンでさえ「こんなもの出せない」と突っ返したという、荒涼とした仕事をしたらしい。

無論、前作のヒットに嫌気が差したカートに、アルビニを起用することで世間の風評にアンチテーゼを示そうというような色気が全くなかったとは言えないだろうが、熱心なファンから「メジャーに日和った」と非難されるリスクを冒してまでも自分の納得できる音に作り直したというのなら、それなりの信念とヴィジョンがあったんだろう。

もちろん、「ピクシーズやブリーダーズとの仕事が気に入ったから頼んだんだけどなあ…」というカートの言葉から推測するに、今回のアルビニのプロデュースが、彼としてもいつになく荒っぽいものだったことは想像に難くないが、それはつい、ニルヴァーナのネームヴァリューを借りて自己の信念を世に問うてしまったのかもしれず、それはプロデューサーとしてはいささか逸脱した行為であると言わざるをえないけれども。


11月1日
久々にきつい風邪をひいて苦しんでいたその日、海の向こうではフェデリコ・フェリーニが亡くなっていた。前から体調の不良が伝えられていたから、それほど驚きはなかった、というか、撮った映画がああいう感じだから、亡くなったということが不思議とリアルに感じられない。
「心の中に生きている限り人は死なない」なんて陳腐な言葉かもしれないど、今日ばかりはそうかもしれないと思う。フェリーニはいつだって“インテルビスタ”で見たそのままの姿で、メガホン片手に次のテイクを撮り始めているのだから。

同じ日にリバー・フェニックスの訃報が入り、こちらは全く予期しないことでかなり驚いた。原因は不明、とのことだったのでドラッグか何かだろうか、と思っていたが、今朝の朝刊で読む限りではナイトクラブから出た直後に急死、というのだから、おそらくそういうことかもしれない。
彼のことはよく知らないが、センシティヴな感じのする青年ではあり、ハリウッドの若手の中では少しばかり毛色の違う印象で、その死はハリウッドによる緩慢な他殺と思えなくもない。
しかし、23歳の早すぎる死は、ハリウッド的なものに逆らい続けたのかもしれない彼を、また新たな「ハリウッドの伝説」に加えてしまうのだろうか。


94年2月21日
デレク・ジャーマンがエイズに倒れた。
以前ジャーマンがニルヴァーナのヴィデオ・クリップを撮ったらどうかなと思ったことがあるのは、カートがスペンサー・リーにちょっと似ている、ってだけかもしれない。

それにしてもMTVの影響力はおそろしい。ヘヴィ・ローテーションに入った曲は必ず大ヒットするという事実もさることながら、例えば“スメルズ・ライク~”を、あのスモーキーな照明の中で髪を振り乱してシャウトするカートの映像を思い出すことなく聴くことができるだろうか。


3月11日
おかしな話だがここ数日、実際に身近な人の中からではないけれども、誰かが死んでしまうような気がしていた。それが誰かはわからないが、今日、カート・コバーンがアルコールと睡眠薬の多量摂取で昏睡状態に陥り、かなり危険な状態だったことを知った。


4月9日
こうして自分の人生にけりをつける以外に、彼にとっての救済はなかったんだろうか。
彼が死んでしまったことについて、これ以上この事実を“言葉で”絡め取ろうという気はしないし、誰が彼を殺したのかなんて魔女狩りに加担するつもりもない、というのか、語る言葉が見つからないのだ。

ただ、あれほど痛切だった存在がもうこの世にはいないのだ、という事実だけを、月並みな哀悼の言葉で飾り立てることも、安っぽい涙で汚すこともなく、圧倒的な痛みとして引き受けたいと思うのである。
比較的冷静に夕刊の記事を読んでいたはずだったのに、手が震えだして止まらなくなった時、書くことによって救われなどしてたまるかと、そう思ったのである。それが、彼に対する私なりの敬意だと思っている。

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