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2005.04.03

いくつもの横顔

“Stand Up, Speak Up”に続いて、PSGでは新たに人種差別に反対するプロジェクトが始まってます。

先日はコリドンが、PSGのサポーター、まあブローニュのサポーターなんだけど、彼らは自分達のクラブの選手にまで差別的な野次を飛ばすといって嘆いてる記事も見た。スタジアムでファシストのポーズを見るのはとても悲しいと。PSGの幹部はファシストや危険分子を一掃すべきだという、かなり勇気ある発言をしていて驚いた。


PSGにはしょっちゅうこういった騒ぎを起こすサポーターがいる。で、なにかあるたび「PSGサポーターが」と十把一絡げにして言われるのは、しかたがないことではあるけれど、極東の1ファンにすぎない私としても正直常々うんざりしているわけで、まあ会長も監督も選手もリーグ会長も、それは一部のサポーターの行為だと言って、その他のサポーターに配慮してくれてはいる。
マスイメージは大抵の場合、細部や多様さへの想像力を鈍らせるものだ。PSGは、パリという都市の抱えるそういった多面性の混在を、少なからず反映しながら存在してるんじゃないかと思っている。


PSGサポーターに関して「暴力的なサポーター」というイメージが流通するのと同じように、ヴァヒド・ハリロジッチのマスイメージは、もっぱら「独裁的な監督」というものだった。
実際ハリロジッチほど、監督としての顔と、身近な人の語る印象の違う人も珍しいんじゃなかろうか。解任の少し前、彼は「私は今フランスで最も批判されている人物だ」と語っていたけれど、メディアによる人格批判は、一監督の仕事についてのものとしては、いささか度を越して思えた。
というか、ハリロジッチがマスコミの取材をシャットアウトしたという、そりゃ単に業界の内部事情じゃないかなって出来事を、ジャーナリストが執拗に非難し続けるのを見るにつけ、それがいかに彼らのカンに触ったかということは想像できる。

何人かのジャーナリストを遠ざけたことが、結果的にPSGのイメージを損ねたのではないかと質問されて、ハリロジッチは「私はおそらく軽率なことをしたのだ」と、めずらしく弱音を吐いていた。彼の信念の固さはしばしばかたくなさと同義だったし、それは頻繁に心理的な衝突を招いた。マスコミや審判団といった、ペンとカードという権力を持つ人々との「外交」のまずさは、彼の犯した大きなミスだったと思う。
それでも彼は、たとえそれが今季ではなくても、自分の仕事はいつか報われると最後まで信じていた。

私個人は、PSGのようなクラブには、全員の共通認識としての「ある程度の」規律は必要だと思ってる。パウレタの言うとおり、パリは複雑なクラブだ。選手達がいくら自分達は大人だと主張しても、すべての選手がバランスを保っていられるとは限らない。
フィオレズの移籍とロテンの負傷という予期せぬ事態で、サイド攻撃を重視するハリロジッチのチームは両翼をもがれてしまい、さらにそのフィオレズの「シミュレーション」(その後明らかにされたことだが、彼がOMからのコンタクトは移籍市場のクローズの前日だったと弁明したのもすべて嘘だった)と、チームの内情をプレスにリークした「スパイ」の存在は、チームを内部から揺るがした。本当に、いろんなことがあった。それでもいずれにせよ、最終的な責任がこのチームを選んだハリロジッチにあることには変わりがない。


皮肉なことに、独裁者と呼ばれた彼は、ボスニアの戦火を経て、おそらく彼をそう呼んだ誰よりもファシズムを嫌悪していた。ハリロジッチは非常に複雑な人物に見える。ちょっとばかし自意識過剰な人だけど、彼は本当に単なる暴君だったんだろうか。
ハインツェはハリロジッチのことを、「反抗的な選手を全員追い出して、支配者になろうとしていた」と批判したけど、図らずも彼自身の存在がそれを否定していたように思う。ハリロジッチはチームでいちばん反抗的だった彼を、夏のバルセロナのオファーにも、冬のチェルシーのオファーにも手放そうとしなかったわけだから。

1つ、覚えているシーンがある。03-04シーズンのパルクでのラストゲームになったリヨン戦で、終了のホイッスルが鳴った後、選手やスタッフをねぎらっていたハリロジッチが振り返り、ロッカールームに下がるハインツェに気づいて、ごく自然に握手を求めるシーンをカメラがとらえていた。ハインツェはフンという感じで応じていたけど、その時には、ガビーきみの負けかもよと、そう思ったな。
感情的にはどうであれ、ハリロジッチは選手としてのハインツェを、「非の打ち所がない」と言って評価していたのだった。


ハリロジッチの性格は父親譲りだと聞いている。サッカー選手だったヴァヒドの父は彼を非常に厳しく育て、彼は父親をとても尊敬していた。彼の身近な人々の証言によると、子供の頃のヴァヒドは優秀な生徒で、いつもリーダーであり、友達を守るために上級生に立ち向かうことも決してためらわなかったそうだ。
厳格な監督としての顔、友人達が語る感受性豊かな顔、そして例えば、内戦のさなかに妻子だけをパリに送り出し、路上で兵士に戦いを止めるように訴えていたという姿、それらはどれもヴァヒド・ハリロジッチという人間の一面なんだろう。
以下のヴァヒドの弟、Enverの証言は、あるいはハリロジッチについて多くのことを語っているのかもしれない。少なくとも彼には昨季の恩がある。だから、「独裁者」とは別の彼の一面を最後に記すことで感謝に代えたいと思う。

「我々のところに帰ってくる時、彼は仕事の話はあまりしません。友達と青春時代のいい時を思い出したり、面白おかしい話をして笑ったりする方が好きなんです。ヴァヒドはユーモアのある、そしてセンシティヴな人間ですよ。たとえ彼が、自分の感じやすさを隠したがっているとしても─」

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