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2003.09.23

ヒマラヤの青い芥子

もちろん物事に根拠のない過剰な思い込みは禁物なのだけれど、最近なんとなく「フーン…」という興醒めな気分になったのは、ヒマラヤの高地に咲き、どういうわけかそのヒマラヤにしか咲かないと思い込んでいた“幻の”青いケシの花が、ここ日本の庭先でもフツーに咲いているということだった。

まあ、“フツー”というのには語弊があって、寒冷な場所でなければそれなりに栽培は大変らしいけれど、聞いたところだと、町のホームセンターの園芸コーナーといった、拍子抜けがするほど日常的なスペースでも苗は手に入る、ということらしい。幻どころの話ではなかった。

そもそもは先日、作家丸山健二が長野の自宅の作庭を撮影した写真集を見ていたときのことで、その本は、同じ作家の同じテーマのエッセイを読んでいるところだと言ったら、たまたま写真集を持っていた人からじゃあこれ読んでしまったからあげるよということでもらったものなのだけれど、その中程のページに、見覚えのある優美な青い花弁の花を見つけたというわけなのだった。

「卑しくも芸術に携わる者はすべからく異端の存在であるべし。別言すれば、反逆の徒たるべし」なんてことを今時迷いなく著作に書いてしまう、「孤高の」作家丸山健二が、自邸の庭に植えそうな花ではある。
この青いケシの花(メコノプシス)は、ヒマラヤを撮影した写真の中でも時々見かけたけれど、チベットの荒涼とした大地と強烈な紫外線と希薄な空気のもとで見た幻覚のような原色の青と、この写真集の花が同じものだとは即座には気づかなかった。そもそも見たことがあるのは、4,000メートルの高地の荒れた岩陰に張りつくように咲くケシの花だったから、安曇野の庭で丹精され、すんなりと茎を伸ばした姿とは、その印象は別物である。

もっとも庭には庭のコンセプトがあるので、野生種の持つ厳しさはその中では単に夾雑なノイズにすぎないのかもしれないし、作家の家から臨む借景は、カイラスの威容などではなくあくまでも北アルプスなのだから、それはそれでまったく問題はないのだけれど・・・

もちろん、このせちがらい世の中にそんな浅はかな勘違いをしていた自分が悪い。しかし記憶をたどってみると、この花に抱いていたスペシャルなイメージは、どうも化粧品メーカーの香水の販促キャンペーンによって刷り込まれたものらしいということに思い至って、非常に情けない気分になったのだった。そう言えば、伊勢丹デパートのカウンターに、イソイソと香水のサンプルをもらいに行ったことがあるような気もする・・・結局、ヒマラヤの神秘から一番遠かったのは自分だったのである。
丸山健二に「女と、女に近い男という奴は」なんてマッチョな発言をされたとしても、これでは何も言えない。

 丸山健二著・作庭・写真 「ひもとく花」 (新潮社)
 丸山健二著 「安曇野の白い庭」 (新潮社)

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